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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.29 自戒の影響


 神楽(かぐら)は昔から、神との繋がりが深い一族だった。


 京都に本家を置き、分家は各地に散らばっている。

 その中でも神楽(しがらき)は、本家を除き、最も神楽(かぐら)の血を濃く受け継いでいた。


 元を辿れば兄弟だったのだ。

 当たり前と言えばそうなのだが、他の一族は本家の近くに神楽(しがらき)がいることを望まなかった。


 本家に次ぐ血族とはいえ、分家は分家。

 面倒な関わりを避けたいと願った当時の家長は、神楽(しがらき)の住居を出雲に決めたらしい。

 

 出雲は私が育った土地でもある。

 海も近く、辺りには神社も多い。

 10月には多くの神が集まることから、各地の話を聞くこともできた。


 神の声を聞くことが出来る一族にとって、出雲の地は悪くない選択だった。

 むしろ、京の都を離れるのであれば、最適な場所と言えたかもしれない。



「……霜月?」


 目を開いた時、一番最初に見えたのは金色だった。

 きらきら輝く金の月が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「睦月……! 目が覚めて良かった」


 はっとした顔が、すぐさま安堵(あんど)に変わっていく。

 頬に当てられた手は、まるで壊れ物に触れるかのようだった。


「これ、あれだ。膝まくらだ」


「えっと、うん。嫌だった……?」


「まさか」


 むしろ快適でした。

 そんな言葉を呑み込んで起き上がる。

 背中を支えてくれた霜月は、そのまま自分も立ち上がった。


「霜月こそ大丈夫なの? 怪我は……どこか痛むところはない?」


 吐き出された赤が、今も鮮明に焼き付いている。

 指で口元をなぞると、霜月はくすぐったそうに目を細めた。


「もう平気だ。問題なく回復してる」


「そっか。なら良かった」


 周囲を見渡すと、海沿いはほぼ平地と化していることが分かった。


 不幸中の幸いとでも言えばいいのか。

 カウダが地面に亀裂を作ったことで、あまり奥の方まで波が届かなかったようだ。


 見る影もなくなったと思っていたが、予想していたより綺麗に修復されている。

 自然災害として処理するために、不自然な痕跡は全て無くさなければならないのだろう。


 大勢の記憶を操作するよりも、一部の土地を修復する方が簡単だ。

 それに、土地を直す方が利点も多い。


 ──何故なら人間は、自然が起こした災害にはどんな理不尽よりも寛容なのだから。


「睦月ちゃん!」


 名前を呼ばれ振り向く。

 瓦礫を飛び越え海辺に着地した律は、慌てた様子でこちらに駆けてきた。

 

「無事だったのね」


「連絡を返せなくてすみません」


「いいのよ。何となく状況は分かってるわ」


 気を失っている間に、情報のやり取りがあったのだろうか。

 

「それより、今すぐ死界に戻らなければならなくなったの」


「何かあったんですか?」


 まだ仕事は終わっていない。

 正確には、律たちの仕事が終わっていないのだ。

 しかし、余程のことがあったのか、律の表情は切迫しているように見えた。


「燕が自戒の印にやられて……、意識が戻らないのよ」


「それって……」


 霜月と同じだ。

 規則(ルール)を破っていないにも関わらず、自戒の印が発動した。


 死神同士の戦闘は違反とされているが、それは不当な攻撃や被害を受けた時の話である。

 威吹とカウダが死界の中心部で争ったのとは訳が違う。

 私たちは、()()としてここに来ているのだ。

 

「すぐにでも死界に移して、治療を受けさせたいの。詳しい話は、後で改めてさせてもらえると助かるわ」


「分かりました。私たちはどうすれば?」


 不測の事態が起こりすぎて、むしろ冷静になってきた。

 律は真剣な眼差しでこちらを見ると、意を決したように口を開いた。


「睦月ちゃんが、燕を連れて行ってくれないかしら」


「私がですか?」


「ええ。仕事が残ってる以上、あたしたちはここを離れるわけにはいかないの。睦月ちゃんたちなら先に向かうことができると思ったのだけど……頼めないかしら」


 本当は律が一緒に向かいたいはずだ。

 けれど、律は自分の仕事をやり切る気でいる。

 内にどれだけの葛藤を秘めていようが、事を終えるまではここを動かないだろう。


「引き受けます。燕の居場所を教えてください」


「ありがとう。地点は登録してあるから、付いてきてちょうだい」


 座標転移で向かった律の後を、霜月と共に追っていく。

 一瞬で移動した山の中は、辺りに焦げた臭いが漂っていた。

 木々の生い茂る場所とは違い、燕たちは開けた場所に集まっている。


「睦月さん……」


 リブラは私を見るなり、横へとずれてくれた。

 横たわる燕に近寄ると、傍に座っていた時雨がぴくりと反応を示す。


「先に燕を連れていくね。紬くんとも連絡がついてるから安心して」


 ほっとした様子を見せるリブラとは違い、時雨は無言で(うつむ)いている。

 死界とも連絡が繋がる状態に戻っていたため、紬には前もってメッセージを入れておいたのだ。


 即座に返ってきた内容には、治療場所まで直接来るようにと書かれていた。

 本当に、いつ休んでいるのか分からない速さだった。


 ともかく、死界までのゲートを紬の所有する空間まで繋いでいる。

 燕を抱えようと手を伸ばすと、時雨が手首を掴んできた。


「時雨……私たち急いでるから」


 冷んやりした空気を漂わせる霜月を(なだ)め、黙ったままの時雨を見る。

 気持ちは分かるが、こうしている時間がもったいない。


「時雨。あんたは睦月ちゃんたちと一緒に行きなさい」


「……」


 律の言葉に、時雨がゆっくりと顔を上げた。

 揺れる瞳を見返しながら、律ははっきりと言葉を放っている。


「ここはあたしとリブラがいれば充分よ。あんたは先に行って、燕の傍についててやりなさい」


「……いいのか?」


「僕も賛成〜。今の時雨じゃ使い物にならないし、むしろ手間が省けて助かるよ」


 軽い調子で話すリブラに、時雨が口を結ぶのが見えた。


「なら、時雨が燕を抱えてくれる?」


 私の言葉に頷くと、時雨は燕を抱えながら立ち上がった。


「先に行ってます」


「ええ。お願いね」


「僕たちもすぐ向かいます」


 優しく見守る律の隣で、リブラが手を振っている。

 こちらを見ながら、「待っててください睦月さん……!」と続けたリブラの頭を、律がけっこう強めに(はた)いていた。


 先に時雨をゲートに通す。

 律たちの方をもう一度振り返ると、私は霜月と共にゲートをくぐり抜けていった。


 

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