ep.1 人間に満たない人間
太陽はとっくに姿を沈ませ、空には月が昇りきっている。
居住地より少し離れたこの場所は物静かで、都心部では届かない星の光を目にすることができた。
住宅地というにはいささか寂し気だが、近くを流れる川と、ちらほら見える住人たちの明かりが、逆に趣を感じさせる。
ふと、夜闇の中に影が浮かび上がった。
真っ黒なローブに身を包んだ二人組は、目を凝らさなければ夜の中に溶け込んでしまいそうだ。
「ここが回収地点? 人影は見当たらないけど……」
「あのく……上司が指定した座標は、ここで間違いないみたいだ。時間も遅いし、家で休んでる可能性が高い」
声からして、二人組はまだ若い男女のようだ。
女の方は辺りを見回し、不思議そうに首を傾げている。
「ここって……」
「実践で使った場所から、かなり近い地点みたいだ」
以前来たことのある場所だったのか、男が頷いたのを見ると、女は「奇遇だね」と話しながら辺りを眺めている。
男の方はそんな女の姿を優しく見守っていたが、不意に何かに気づいた様子で顔を上げた。
「睦月、対象が移動した。少し早いけど向かった方がいい」
睦月と呼ばれた女は、差し出された手を取ると、「頼りにしてます、霜月先輩」と悪戯っぽく返事をした。
睦月と霜月。
彼らは現れた時と同じように、再びその姿を夜へと溶け込ませていった。
◆ ◆ ◇ ◇
仕事へ向かう少し前。
睦月は、センスのセの字もない服の羅列を見て悩んでいた。
悩むことすら悩ましいと言わんばかりの状況に、軽く頭痛までしてきたくらいである。
睦月の荒れた内面に対して、外見の様子は至って冷静だ。
とても悩んでるようには見えないだろう。
今までこの些細過ぎる変化に気づけた者は、身内を除けばほぼ居ないに等しかった。
しかし、どうやら隣の少年にはそれが当てはまらなかったらしい。
「睦月、気に入るのがなければ選ばなくてもいい。元から何を着ても良い決まりだ。万が一文句を言うやつがいたら、きちんと処理しておくから安心して」
──いったいどこら辺に安心すれば良いのだろう。
睦月への配慮は完璧なのに、その他への配慮が塵ほどもない。
一瞬頭が混乱するも、霜月が言うならそれで良いのかも……という結論に終わる辺り、睦月も大概のようだった。
「さすがに部屋着は気になるから、今度買いに行こうかな」
「なら、今回の仕事が終わったら、オーダーメイドで作ってみるのは?」
「オーダーメイド?」
そんなことが出来るのかと驚く睦月に、霜月は目線をどこかへ流すようにした。
おそらく、目の前に出ている自分専用の画面を見ているのだろう。
「この仕事の報酬が貰えたら作りに行こう。知り合いの店がオーダーメイドをしてるから、前もって話しておく」
「知り合い? 死神の?」
霜月に死神の知り合いが?
それも上司以外の?
そんな睦月の心情を読み取った霜月は、どこか困ったような表情を浮かべている。
「まあ……うん。ただの知り合いだけど」
「ぜひそこでお願いしたいかな。いや、もうそこしか考えられないかも」
珍しく前のめりで話す睦月に、霜月の眉が下がっていく。
「……睦月、もしかして面白がってる?」
「そんなことは……あるかな」
正直に頷き「ごめんね」と謝る睦月に、霜月は慌てて首を振った。
「睦月が楽しめるならそれで良い。謝る必要はない」
霜月の言動を見ていると、まるで自分の感情が読み取られているようで、睦月は不思議な気持ちで口を開いた。
「私、あんまり顔にも態度にも出ないから、今まで会った人には人形みたいって言われてたんだけど……。もしかして霜月は、けっこう分かってたりする?」
睦月からの問いかけに、霜月は少し驚いたようだった。
しかし、すぐに真剣な様子に変わると、真っ直ぐ睦月の方を見返している。
「それは……今まで会ったやつらに、見る目がなかっただけじゃないのか?」
死神に嘘がつけない事を除いても、霜月を見る限り到底嘘だとは思えなかっただろう。
そのくらい、霜月の顔は真剣そのものだった。
「睦月の考えてる事を正確に読む、とかは難しいけど、何となく考えてることくらいは分かってる……と思う」
睦月の宙色の瞳が大きく開かれ、中で輝く金の星が一際色彩を放っている。
人形みたいと言う表現は、あながち間違いでもないだろう。
あくまで、見た目の美しさに限ると言うのが条件にはなってしまうが。
白い肌に夜空のような髪が垂れる。
サイドの三つ編みに使われた金色のリボンが解けかけているのさえ、睦月の人間離れした容貌を表しているかのようだった。
◆ ◇ ◆ ◇
これがほんとの一章目
第一生 First Death ちっぽけな少年
一生、始まりました。