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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.28 逃走不可避


 戦慄(わなな)く唇を閉じると、アンブラは微笑む転幽に向かって影を向けた。


「ここに来た目的は、青月(せいげつ)を探してといったところかな。珍しく気配を察知したはいいものの、着いた頃にはもぬけの殻だった、と」


「……何故それを知っている。おまえはいったい……いや、そもそもそんな事があり得るのか……?」


 ぶつぶつと口を動かすアンブラを、転幽は穏やかな表情で眺めている。

 たとえ四方から影を向けられていようと、転幽に動じる気配は一切なかった。


「不当に座を奪っておきながら、宝月まで欲しているなんて。相変わらず諦めが悪いね」


「死界はもはや、以前とは大きく異なっている。おまえたちこそ消えた王に(すが)り、悪あがきをしている自覚がないようだな」


「消えた、ね。もしそうなら、君たちがここまで必死に月を探している理由はなんだい?」


 おかしそうに問いかける転幽に、アンブラの雰囲気が鋭くなっていく。


「月がいなければ、自分たちが死界を掌握することは不可能だと解っているからだろう? けれどその月は、わざわざ主のいない世界(ばしょ)に留まったりしない。つまり、今の神では死界を手に入れるどころか、宝月を御すことさえ不可能だということだ」


「……王を軽んじているのか」


「まさか。今も昔も、死界の王は唯一無二だよ。ああもしかして、──言葉にしないと分からないのかな?」


 その言葉を皮切りに、鋭利な影が転幽に向かって振り下ろされた。

 まるで蜘蛛の足のように尖った影は、転幽を串刺しにでもしそうな勢いだ。


 しかし、影が転幽に届くことはなく、振り下ろした状態のまま途中で動きを止めている。


「時空を……操る能力。そうか、そうだったのか……! この死神(むすめ)は鍵でも生贄でもない。器として──」


 影が弾け飛んだ。

 内側から爆発したかのように破裂した影は、そのまま砂状になって形を無くしていく。


 唖然とするアンブラに、転幽は先ほどと変わらない笑みを浮かべた。


「残念だけど、君とはここまでだ。今後のためにも、知られたまま帰すわけにはいかないからね」


「初めから(のが)す気などなかったろうに」


 乾いた笑みを浮かべたアンブラは、残った影を自分の元へ戻すと、転幽を憎らしげに見つめた。


「印の効きが悪い理由もこれで繋がったよ。どうにも違和感の拭えない娘だと思っていたが、こんな真実が隠されていたとはね。……たとえ逃す気がないとしても、私にも必ず戻るべき理由ができてしまった」


 アンブラの姿が溶けていく。

 液体のように形を崩したアンブラは、そのまま自身の影へと潜り込んだ。


 影は細胞分裂のように散らばり、別々の方角に向かって広がっていく。

 まるで、ほんの(わず)かでも残れば良いと言っているかのようだった。

 

「手段を選ばないつもりだね。いっそのこと、ここら一帯を全て蒸発させてしまおうか」


 口から滑り落ちた言葉が、アンブラの余裕をさらに奪っていく。


 王の管理する世界では、星に損害を与えるような行為をしてはならない。

 これは、かつて死界と天界の王が、魔界の王に結ばせた三界の規則(ルール)である。


 規則とは縛りだ。

 死神も天使も悪魔も、この規則(ルール)によって自然とセーブをかけられている。


 王の許しなく、三界の存在が真の実力を発揮できることはないと言ってもいいだろう。

 それほどまでに、王の言葉は深く重いのだ。


 しかし、逆を言えば(かせ)があってもなお、転幽には自らの言葉を実現できるほどの力があるということになる。


「なんて、冗談だよ。わたしも今は睦月のものだからね。意思に反することを行うつもりはないんだ」


 転幽の目が優しげに伏せられる。

 それと同時に、散らばっていた影が爆発し、次々と破壊されていく。


 海の藻屑(もくず)となった影は、そのまま青に混じり沈んでいった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 アンブラは歓喜の笑みを浮かべていた。

 まだ影が残っているということは、転幽の手中から逃れたことを意味する。


 影が破裂した時、煮えたぎるような感覚と共に、何かが全身を浸食していくのを感じていた。

 咄嗟に切り離したものの、ただ一つを除いてどれも破壊されてしまった。


 もしほんの少しでも遅れていたら、今残っている意識さえも海の藻屑と化していただろう。


「だが、これで情報を持ち帰ることができる」


 かつてなく重要な情報だ。

 たとえ細胞のように(わず)かな欠片でも、王であれば問題なく取り込めるはず。


「残念ながら、私の勝ちだ」


 皮肉を込めて放った一言が、転幽に届くことはない。

 死界へのゲートを開こうと、アンブラの意識が逸れた瞬間だった。


 上空から迫った光が、最後の欠片を貫いた。

 何が起こったかも分からず消えていくアンブラの視界には、強烈な光だけがこびり付いている。


 まるで太陽のように眩しい光に包まれ、アンブラの意識は完全に闇の中へと消え去っていった。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「うわー! すごいすごい! さすが天日(てんぴ)様!」


「その様子だと、問題なく終わったようだな」


「当たり前でしょ! なんたって天日様は、太陽跡(たいようせき)なんだから!」


 指を双眼鏡のようにして覗いていた天使は、ツインテールを揺らしながらはしゃいでいる。


「でもまさか、こんな大事になるなんてな」


「たまたま天官庁(てんかんちょう)に来てたこともだけど、あたしとユーリの話を真剣に聞いて、自ら視察までしてくださるなんて……」


 メロメロという言葉が似合いそうなほど、リリーの表情は感激に満ちている。

 そんな相棒の様子を微笑ましく見つめながら、ユーリは流れ星のごとく走っていった光について。


 遙か上空から撃ち抜いた天日の実力を()の当たりにして、静かに感嘆の息を漏らしていた。


 

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