ep.25 ゲームの参加者
「おーい! 降りておいでよー」
高く茂った木々に向かって、リブラは軽快な声を上げた。
飛んでくる矢を処理しながら、もう一方が隠れている位置を推測していたようだ。
この近くにいるのは間違いない。
リブラの声には、そんな確信が込められていた。
「バレないよう四方から打ったつもりだったが……流石だな」
「あれ? 君はあっちの死神みたいに、僕たちを侮ったりしないんだね」
上から降ってきた死神は、ローブを深く被っている。
不思議そうな表情を浮かべるリブラに、死神は呆れの混じった息を吐いた。
「現世に派遣されている時点で、実力があるのは間違いないだろう。本職の中でも、特殊な仕事を任される死神には変わったやつが多いと聞く。だが、その分強さは折り紙付きだ」
「あはは。自分が変わってるとか、考えたこともなかったや」
おかしそうに笑うリブラを見て、死神の緊張が高まっていく。
対してリブラは、この状況を楽しんでいるのかと聞きたくなるほど、いつも通りの雰囲気を漂わせていた。
「本当はもう少し遊んでたいんだけどさ、律から急ぐように言われてるんだよね」
死神を囲うように、矢が現れ始める。
そんな死神をよそに、リブラは指先を空で動かすと、「ヴェルダージ」と唱えた。
「よおリブラ! あのべっぴんさんとは上手くいってるか?」
「まあ……そこそこかな」
「こりゃ先は長そうだな」
浮かび上がった魔法陣から、シルクハットを被った小人が出てきた。
にんまり笑ったヴェルダージは、ギザギザの歯を覗かせながら、リブラに向かって声をかけている。
「ヴェルダージ、僕とゲームをしよう」
「いいぜ。俺っちに何を望むんだ?」
「そこに居る死神の拘束と、一緒に来た仲間の能力について」
「なっ!?」
動揺する死神を気にも留めず、リブラとヴェルダージは淡々と話を進めていく。
「相手の拘束と、情報を聞き出すための強制権か。拘束の方はほとんど0に近いが、強制権は高く付くぜ。そうだな……。俺っちが勝った場合、ゲーム中に与えられた攻撃を全て受けること。これでどうだ?」
「決まりだね」
リブラとヴェルダージを取り囲むように、黒い矢がぎっしりと集まっている。
先端はリブラの方に向けられ、今にも突き刺さってきそうな鋭さだ。
放ったはずの矢が途中で止まっている状況に、死神は混乱しているようだった。
「相手を盤上に引き込めば、代償のリスクはかなり下がるぜ。本当に良いのか?」
「今回はちょっと急ぎなんだよねー。大丈夫。睦月さんの運が規格外すぎただけで、僕も元々運は良い方だからさ」
目の前の死神を、無理矢理ゲームに参加させることはできる。
しかし、死神が拒否を示したり、一手一手を悩む度に、ゲームの時間は延長されていくのだ。
「それじゃ、始めてくれる? 難易度が同じなら、なるべく短時間で済むゲームでお願い」
「短時間ねぇ。ならこれが良さそうだ」
ヴェルダージの手に、一枚のコインが現れた。
大きさはヴェルダージに合わせてあるのか、かなり小ぶりなサイズだ。
「表か裏か決めてくれ。確率は二分の一。しかも、最初から最後まで運頼りのゲームだ。予想通りであればリブラの勝ち。そいつの拘束と情報の聞き出しを行おう。だが、もし外せば──」
「分かってるよ」
これだけの数の矢を一気に浴びれば、戦線離脱どころか、死界に送り返されるかもしれない。
死神は神力が高いほど治癒も速いが、身体中の損傷を瞬時に治せるのは高位以上の死神くらいだろう。
「表か裏。どっちにする?」
「お前……仲間の状況は知っているはずだろう? もし負ければ、仲間まで危険にさらすことになるんだぞ……!?」
「だからこそ、楽しいんじゃないか」
笑顔だった。
ギャンブルという遊びに染まり切ったリブラに、死神の言葉はかすりもしない。
絶句した死神は、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「裏にするよ」
「裏だな。そんじゃ、投げるぜ」
ヴェルダージの手から浮かび上がったコインは、そのまま手の甲へと吸い込まれていく。
見えないようもう片方の手で上から押さえると、ヴェルダージは視線をリブラに向けた。
「あー、良いねこの感じ。ゾクゾクする」
うっとりした表情のリブラから視線を戻し、押さえていた手をゆっくり退ける。
「裏だな」
「僕の勝ちだね」
コインは裏を示していた。
喜ぶリブラをよそに、死神の身体を幾つかのリングが拘束していく。
拘束を終えたヴェルダージは、死神の元へ颯爽と足を進めた。
「おめっとさん。これでゲームは終了だ」
向かう途中で、ヴェルダージの手が高く上げられる。
パチリと鳴った指はゲーム終了の合図だ。
一斉に降ってきた矢の塊を、リブラは死神之大鎌で払い除けていった。
ばらばらに散った矢は、そのまま形を失くしていく。
死神の前でにんまりとした笑みを浮かべるヴェルダージを見ながら、リブラは大きく伸びをしていた。
「とりあえず、分かった事を伝えるぜ。仲間の数は全部で五人だ。一人はこいつで、能力は出現させた武器を自在に操れるもんらしい。もう一人は精神系統の能力者で、相手に幻覚を視せられるみたいだな」
つまり、燕や時雨の元にいるのは、幻覚使いの死神ということになる。
リブラの眉が少しだけ顰められた。
「残る三人だが、こいつはあまり知らないようだぞ。律の相手が雷。燕たちの相手が地面を操る能力だってことは分かったが、それ以上は無理だ。知識がなければ聞きようもないからな。特にリーダー格の死神については、何の情報も得られなかった」
「リーダー格の死神……。そいつは今どこにいるわけ?」
「報酬にはないが、まあこのくらいは良いだろう。睦月たちの所みたいだぜ」
沈黙の後、リブラは大きくため息をついた。
拘束した死神の首元を掴むと、律がいる方向に引きずっていく。
脱力した死神はされるがままだ。
「そんじゃ、あとは頑張れよ」
にんまりと笑みを浮かべながら、ヴェルダージは魔法陣の中へ帰っていった。
弾ける音と、焦げた木の臭い。
死神を引きずりながら、リブラはアパートの面々と睦月の無事に思いを馳せていた。
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【 お知らせ 】
サポーターさんのお一方が閻魔推しと知り、(カクヨムの)限定ノートに書き下ろしを追加しておきました。
物語だけでなく、キャラクターを好きになってもらえるのはとても嬉しいです。
もし推しが出来た際には、ぜひ作者にも教えてあげてください。