ep.24 燕の能力
動かなくなった時雨を見て、カウダは笑みを深めている。
「おい、テメェのお仲間とやらはもう使えねぇみたいだぞ」
「……どうかな。現にまだ、雨は降ってるよ」
燕の言葉通り、辺りにはまだ雨が降り注いでいた。
時雨は今も戦っているのだ。
この雨が何よりの証拠であり、時雨がまだ戦える状態であることを示している。
だとすれば、燕がすべきことは、この雨が降り止むまでに決着をつけることだろう。
「ハッ。いつまで持つかも分からねぇだろうが。この雨が止んだら、次はテメェの番だからな」
「範囲外にいるのは分かってたけど、これで確実な位置も掴めた」
「ああ?」
「急いで片付けないと」
木々の向こうに広がる暗闇さえ、死神の目には昼間と変わらず見えている。
嘲笑うカウダが視界に入っていないかのように、燕はとある方角をじっと見つめていた。
次の瞬間、燕の姿が消えた。
カウダの攻撃を避けている時よりもさらに速く、燕の姿は暗闇の先に溶けている。
止まない雨に打たれながら、カウダは思い通りにならない身体と、今し方目にした光景への苛立ちを募らせていく。
宝月のように得体の知れない存在は、時に莫大な神力を内に潜め、ただの死神のように振る舞えると聞いたことがある。
相手に与える威圧感も、畏怖も、恐怖心も。
まるでちっぽけな人間のように感じるほど、綺麗に隠せてしまうのだと。
初めて対面した時、見るからに神力が低かった燕たちを、カウダはハズレだと思った。
だからこそ、少しでも長く楽しむため、カウダの狙いは律たちの方へと向いていたのだ。
ハズレはいったいどちらだったのか。
位の高い死神ほど、相手に実力を読ませないように。
見えるものでしか燕たちを測れなかったカウダでは、現状を打開する方法は無いに等しかった。
◆ ◆ ◇ ◇
「見つけた」
木の枝に立ちカウダの動向を見ていた死神は、突然近くで聞こえた声に戦慄した。
カウダからは手を出すなと言われていた。
しかし、雨の能力によりカウダが劣勢となったため、使い手である時雨を最も厭う記憶の中に引き摺り込んだのだ。
能力を使用するには、安定した精神も重要になってくる。
内側から崩せれば、面倒な雨を止ませることも、カウダの拘束を解くことも出来るはずだと考えていた。
何より、直接援護に向かおうにも、雨が降っていては近づけない。
止んだと同時に戦闘不能になった時雨を回収し、もう片方をカウダに任せて撤退する。
それがこの死神の計画だった。
「何故ここに……!?」
視線を向けた先で見えたのは、立ったまま動かない時雨と、その場に座り込むカウダだけ。
たった一瞬目を離した隙に、背後まで迫られていたらしい。
「くそっ。どうして位置が分かったんだ……!」
「能力を使ったからかな」
速すぎるスピードに付いていけない死神は、地面に降り立ち燕と向かい合う。
隠密に優れている自覚があっただけに、こうも簡単に見つかったのが理解できない。
それに、もし能力を使って位置を把握できるのだとすれば、とっくに自分の存在もバレていたはずだ。
「うーんと、能力を使った相手の位置を探知できるって言えば分かるかな?」
訝しげな死神に対し、燕は意味が伝わるよう言葉を噛み砕いている。
「……つまり、俺が能力を使ったことで、位置を把握できたという訳か」
「そうなるね」
話が通じた嬉しさから笑顔を見せる燕に、死神の背筋がぞくりと粟立っていく。
こんなにも歪な笑顔があっていいのだろうか。
無邪気なように見えて、その実、あまりにも仄暗いのだ。
「そろそろ時雨も戻ってくるだろうし、早く終わらせておかないと」
「……何を言っている。あの死神は既に囚われたも同然。俺が能力を解かない限り、現実に戻ってくることはない」
死神之大鎌を構える燕に、死神の足がジリジリと後退していく。
カウダさえ動けるようになれば。
死神の脳内は、そんな言葉で埋め尽くされていた。
けれどそれは、ただの希望的観測にすぎなかった。
「おれの能力は、使った相手の位置を知れるだけじゃないよ。──テリトリーに入った者の能力を、無効化することもできるんだ」
「……っ!?」
絶望に近い雰囲気を漂わせた死神だが、何とか退路はないかと神経を張り巡らせる。
燕の言葉通り、先ほどから幾度となく能力を使おうとしていたものの、燕が能力にかかった気配は一切ない。
それどころか、時雨に向けていた能力が、上手く伝わらなくなっているのを感じた。
「く、くそぉっ!」
なりふり構わず逃げようとした死神の前方へ回り込むと、死神之大鎌の刃を変形させ押さえ込む。
ビベレの時のように、囲いに特化して変形した刃は、拘束した死神の身体をきつく締め上げていく。
地に伏せた死神の背を足で踏みつけ、燕は時雨のいる方を振り返った。
◆ ◆ ◇ ◇
捕らえた死神と共に戻った燕を見て、疲労の滲む時雨が手を上げた。
カウダは死神を見るや否や、「役立たずが……!」と罵っている。
びくりと震えた死神は、恐れから身体を縮こませていた。
「律ちゃんたちも、もう少しで終わりそうだって」
「なら早く合流しようぜ」
止んだ雨の中、時雨はカウダを拘束しようと死神之大鎌を手にしている。
いきなり鳴り響いた轟音に、時雨たちは地上を見下ろした。
亀裂だらけの地面と倒壊した建物。
そして、その奥に広がる海。
──その海が、真っ二つに割れていた。
大きく二つに分けられた水の壁が、海底の通路を挟むようにそびえ立っている。
「今度は何が起こってんだ……」
「あっちはたしか、睦月ちゃんたちがいる方向だよね?」
心配そうな燕を、時雨は安心させるように膝で小突いた。