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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
124/223

ep.23 抉られるトラウマ


「テメェらの中で一番権力を握ってんのは、あのカマ野郎なんだろ? オレは()()()()()を選びたかったが、結果はこのザマって訳だ」


「お前、今の状況でよくそんな口が利けるな」


「ハッ。テメェまさか、ここに来たのがオレだけだとでも思ってんのか?」


 ぞわりとした感覚が時雨を包み込む。

 身体が不自由な状態にありながらも、カウダは余裕のある笑みを崩していない。


 カウダの言葉から推察するに、まだ姿を現していない死神が近くに隠れているようだ。

 時雨を包む感覚も、おそらくその死神の能力なのだろう。

 燕と目線を合わせた直後、視界が急速に暗転していく。


 気がつくと、時雨はアパートの一室で座り込んでいた。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 汚部屋。

 そう評する以外にないほど汚れた部屋は、酷い悪臭と塵で埋め尽くされている。


 強制転移でもさせられたのか。

 呆然と座り込んでいた時雨は、ゆっくりと部屋の中を見回した。


「……嘘だろ。まさかここ……」


 見覚えのある光景に、喉から引き()った音が漏れていく。

 足元で無数の生物が(うごめ)く気配を感じ、時雨は反射的に立ち上がった。


「は……っ、ははは……。隠れてたやつの能力は、精神系だったってか? 胸糞悪りぃ記憶なんか視せやがって」


 普段よりも幼い声と、ガリガリに痩せ細った手足。

 いかにも不健康ななりの少年は、かつて人間だった頃の時雨と同じ姿をしていた。


「幻覚のたぐいか? 何にせよ、目的は分かった。後はどんだけ耐えられるかだな……」


 床を這いずり回る虫の姿に、時雨のトラウマが刺激されていく。

 どこから湧いてくるのかも分からないほど、腐敗に覆われた室内だ。


 けれど、あえて確かな出所を特定するとしたら、奥に横たわる女の遺体からだろう。

 どの場所よりも虫が湧いている。


「そんなに俺が嫌いだったのかよ……母さん」


 死後何日も経った屍と暮らす、骸骨のような少年。

 常に空腹だった少年の身体には、至る所にケロイドや傷の痕が残っていた。


「急げよ、燕」


 飛び回る蠅の羽音と、地を這う虫たちの雑音。

 正気を保つため、時雨は自分の腕に思い切り爪を食い込ませていった。




 ◆ ◆ ◆ ◆




 あちこちから飛んでくる黒い矢を、リブラは軽々と避けていく。

 素早く回転させた死神之大鎌(デスサイズ)で一気に薙ぎ払うと、リブラは律に向けて不満そうな声を上げた。


「ねえ律〜、さっきから申請通らないんですけどぉ」


「やっぱりリブラもなのね」


 小さくため息を吐いた律は、勝ち誇った顔のラケルタを見て緩く目を細めている。


「どうやって印の自戒を逃れているのかは知らないけど、その選択はいずれ、自分の首を絞めることになるわよ」


「偉そうに。死神にもなって、性別さえ決めきれないような半端者に言われたくないわ」


 律の忠告を鼻で笑いながら髪をいじるラケルタに、リブラは呆れた様子だ。


「死神が性別を選ぶ理由なんて、ほとんどが生前からの引き継ぎでしょ。それに、神性が高くなるほどそんな概念も無くなってく。()()を気にするってことは、君……弱いんだね」


 神としての要素が強まるほど、死神は人間と大きく乖離(かいり)した存在になっていく。

 リブラは言外に、人間の頃の常識に捉われているラケルタを、神としては弱い存在だと馬鹿にしたのだ。


 怒りで震えるラケルタだったが、何とか気を持ち直すと、リブラたちを嘲るような目で見てくる。


「せっかく人の時よりも良い容姿が手に入るっていうのに、わざわざ中途半端を選ぶ愚か者がいて驚いたのよ。死神王の側近が全員女性を選んだってこと、まさか知らないわけじゃないわよね?」


「だから何? そもそも、本来の側近は全員──」


「リブラ」


 鋭い声が聞こえ、リブラは瞬時に口を(つぐ)んだ。

 以前の王や側近に触れる言葉は禁止事項に当たる。

 月は死界で禁止された言葉だが、たとえ現世に居ようと、死神たちの発する言葉はタブーとなってしまうのだ。

 

 自戒の印が発動しかねない状況に、律はリブラがそれ以上話すことを止めたようだった。

 律の意図を察したリブラも、大人しく口を閉じている。


 こうしている間も、周囲から飛んでくる矢を難なく処理し続けるリブラの姿に、律は小さく笑みを浮かべた。


「あなたたちは、()()()()()でしか判断できないのね」


「……どういう意味かしら」


「相手の実力を測ろうにも、君たちでは力不足ってことだよ」


 目の前で顔を歪めるラケルタと、隠れて射撃を行ってくる死神。

 リブラは「大体把握できたかな」と呟くと、律に向かって声をかけた。


「じゃあ僕はあっちの処理してくるから、こっちはよろしくね〜」


「もちろんよ。それとリブラ、今回は遊ばないで迅速に終わらせてきてちょうだい。燕と時雨の元にも行ってるみたいだから、早めに合流しておきたいわ」


「りょーかい」


 軽快な動作で地を蹴ったリブラは、そのまま木々の陰に消えていく。

 その場に残った律の前で、ラケルタは苛立つ気持ちを抑えきれず爪を噛んだ。


「真の神を崇めない出来損ないどもが、よくも私をコケにしてくれたわね」


「……残念だけど、あなたを同族と思うのはやめにするわ」


 死神は同族を狩ったりしない。

 しかし、今の死界は、死神と呼ぶにはあまりにも(いびつ)な存在が増えすぎてしまった。


 破裂音が鳴る。

 ラケルタの周りで走る閃光に、律は表情を引き締めた。


 

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