ep.21 死神と死神
「あ? テメェ邪魔しやがったな」
霜月を非難した死神はフードを被っておらず、大柄な身体をしていた。
粗野な振る舞いを見せる死神の近くには、他にもローブを纏った死神が何人か立っている。
大柄な死神は機嫌が悪そうに霜月を睨んでいたが、私と視線が合うと訝しげな目つきに変わった。
「この女どこかで……」
「彼女へのプレゼントは、無事に買えましたか?」
威吹を逆恨みし散々暴れた挙句、警備課から逃走までした死神と、まさか現世で会うことになるとは思わなかった。
「……ああ、思い出したぜ。ゴミ野郎の近くで、鈍臭そうな奴が一匹巻き込まれてたっけなぁ」
「あらカウダ。知り合いだったの?」
見下すように鼻で笑ったカウダだが、目には強い警戒が現れている。
隣に立っていた死神がカウダに腕を絡ませると、猫撫で声で話しかけるのが聞こえた。
「ラケルタが気にするような奴じゃねぇ」
「ふーん、そう」
カウダは腕に絡みつく死神をラケルタと呼ぶと、荒いながらも優しさの感じられる態度で応えている。
初めは興味のなさそうなラケルタだったが、突然こちらを睨むと、値踏みするような目で見てきた。
「その服……オーダーメイドよね」
黙って見返していると、ラケルタの顔が怒りに歪んでいく。
「ムカつくわねあんた」
「ハッ、どうせあのゴミが贔屓してやったんだろ。気に食わねぇし、この女もついでに消しとくか?」
「いいわねカウダ。でもまずは、あの澄ました顔からぐちゃぐちゃにしてやりたい気分よ」
強烈な冷気が辺り一面を凍らせていく。
広がっていく氷は、まるで海中に生まれる死のつららのようで。
足元にまで到達しそうな氷を見て、カウダたちに初めて焦りの色が浮かんだ。
「止めなさいおまえたち」
「アンブラ様……!」
一番後ろで状況を見ていた死神が、ゆったりと前に進み出てくる。
ラケルタの様子を見る限り、この死神がリーダー的存在なのだろう。
他の死神はもちろん、あのカウダさえも、大人しくアンブラと呼ばれた死神に従っている。
「おまえたちではその死神に敵わない。当初の計画通り、他の死神の対処へ向かいなさい」
「仰せのままに……」
目線を下げたラケルタが、カウダと共に退がっていく。
待機していたフードの死神たちを引き連れ、ラケルタとカウダは何処かへ消え去っていった。
「君もこれ以上は止めた方がいい。同族同士で戦闘を行えば、自戒が発動しかねないことは知っているだろう?」
「……同族?」
今日の天気でも話すかのように、アンブラの声は平然としている。
反面、呟いた霜月の声には、濃縮された感情が限界まで詰まっていた。
「よくそんな妄言が言えたものだな」
「私は探し物をしに来ただけだ。君たちと争うつもりはないよ。……ただし、邪魔をするというならその限りではないがね」
傍らに浮かぶ魂が、小さく振動している。
アンブラの圧に怯えているのだろう。
手で包み込み胸元に寄せると、幾分か落ち着いたのを感じた。
「霜月」
アンブラへ向かっていた剣先のような感情が、瞬く間に雲散していく。
一瞬で氷を引かせた霜月に、アンブラは興味の込もった目で私の方を見た。
「なるほど、君がそうか」
穏やかに話しているようで、その実、かなりの激情を隠している。
自戒の印がある以上、霜月に余計なリスクを負わせたくなかった。
威吹はカウダの印が消えていたと話していた。
もし他の死神も同じなのだとすれば、面倒なことが起こっているのは間違いないだろう。
《要請を確認中》
緊急時は自戒の拘束を緩められるが、先ほどからモニターには同じ文字が出続けている。
明らかに対応が遅い。
同じ死神でありながら、片や印の拘束を受けていないのだ。
どう考えても、こちらが圧倒的に不利だと言えよう。
むしろ、これが狙いかと思えてしまうほど、私たちの状況はがんじがらめになっている。
玉座が奪われてからの死界は、私が考えていたよりもずっと腐敗しているのかもしれない。
アンブラは、声だけ聞くと壮年の男のように思えた。
穏やかに話す様子は、カウダたちと比べれば良心的にさえ見えるだろう。
けれど、井戸の底に行くほど何かが溜まっているように。
アンブラからは、底知れない澱みのような物を感じた。
「とにかく、穏便に行こうじゃないか」
そう言って手を広げた死神の姿に、胸の印がチリリと痛む錯覚に襲われる。
現状を打開するための方法を、持っていない訳じゃない。
しかし、こちらも相応のリスクを背負うことになるだろう。
それでも──。
私を守るためなら、霜月はきっと何だってする。
それが分かっているからこそ、私も手段を選ぶ事は止めにした。
アンブラの探し物が何なのか。
今は少しでもこの状況を把握することが優先だ。
律たちの安否を思いながら、私は胸元の魂を安心させるよう手に力を込めた。
◆ ◆ ◆ ◇
「あでっ!」
突然立ち止まった律の背中に、リブラは顔を打ちつけている。
鼻を押さえながら離れたリブラは、律の視線の先、進路を阻むように立つ死神の方を見た。
「情けない死神ね。私の相手がこんなのだなんて、カウダと交換しておけば良かったかしら」
「リブラ、言われてるわよ」
「ちょっと考え事をしてただけなのになぁ」
呆れた様子の律に、リブラは心外だと言わんばかりの顔をしている。
小馬鹿にしてくるラケルタに対し、リブラの口から「性格もブス……」なんて言葉が溢れ落ちていく。
怒りを露わにするラケルタに向かって、リブラは煽るように舌を出してみせた。