ep.20 生と理不尽
山が震えるほどの地響きに、地上を見下ろす。
凄まじい音を立てて割れる地面と、倒壊していく建物。
家屋から急いで出てきた人々は、あっという間に裂け目の中へと落ちていく。
まるで、大地が口を開けて、何もかもを呑み込んでいくようだった。
平和な光景は、一瞬で阿鼻叫喚の渦に巻き込まれる。
気づけば、海辺の方まで続いていた明かりは消え失せ、崩壊した建物の瓦礫が積み上がっていた。
「なんてことを……」
「あららー。予想以上だねこれは」
あまりの惨状に顔をしかめた律は、厳しい眼差しで地上を見つめている。
リブラは印を死動すると、要求したローブを纏い、ぐるりと辺りを見回した。
「それにしても、随分と雑にやってくれたよねぇ。自然災害で片付けるには、不自然な跡が残り過ぎてる。あの地面とか、無理やり変形させたのが見て取れるくらいだよ」
「向こうの死神に、それなりに強力なのがいるみたいね」
硬い声で呟いた律は、リブラたちに向けて指示を飛ばしていく。
「いつも通り二手に別れましょう。リブラはあたしと、時雨は燕と組んで動くこと。何かあった際はすぐに連絡を寄越すこと。いいわね?」
「はーい!」
良い返事の燕に頷くと、律は時雨をじろりと睨んでいる。
「時雨?」
「……はい」
蛇に睨まれた蛙ならぬ、鬼に睨まれた子どもだ。
幼い頃、祖母が大切にしていた花瓶を割ってしまった陽向も、ちょうどあんな顔をしていた。
「睦月ちゃんと霜月ちゃんは、予定通り回収の方をお願いね。困ったことがあれば、いつでも連絡してちょうだい」
「ありがとうございます」
こちらを見て微笑んだ律は、リブラたちと共に夜の中へ溶け込んでいった。
◆ ◆ ◆ ◇
「私たちも行こうか」
「うん」
霜月に声をかけ、惨状の真上へ移動する。
地上には数多くの魂が漂っていた。
暗闇に沈んだ大地だが、死神の目には流星群のように輝く光が映っている。
むしろ、さっきよりも明るく見えるほどだ。
これだけの魂をどうするべきか。
私はその方法を、既に知っている気がした。
宙に浮かびながら、手元に呼び出した死神之大鎌を一回転させる。
掲げた大鎌の先端から波紋が生まれ、夜空を覆うように広がっていく。
急速に拡大した波紋は円となり、ぽっかりとくり抜かれた内側が、門になっているのが見えた。
漂っていた魂が動きを止める。
視えない何かに導かれるように、魂はどんどん円の中へ吸い込まれていった。
見上げた先は宙のように暗く。
けれど、その先に流れる美しい海が、行き着く場所を教えてくれる。
選別所の水面下。
銀河の如き大海の中で、送られた魂は全てが真っ白に還るまで、こびりついた罪を洗い流し続ける。
広がっていた波紋が閉じ、大地に暗闇が増す。
地上には、まだ幾らか魂が残っていた。
先ほどまでの魂とは違い、輝きの見えないそれらからは酷い悪臭がする。
落ちていく汚れはヘドロのように濁っており、次から次へと溢れ出ているようだ。
魂を送る間、傍で見守ってくれていた霜月だが、そっちの処理は自分がすると言いながら近づいてきた。
「こっちのは籠に入れて、閻魔に送らないとだね」
「どれも塵ばかりだ」
「それならなおさら、閻魔に処理してもらわないと」
私が籠に入れた魂を、霜月が閻魔へと送っていく。
淡々と流れ作業を続けていると、不意に目の前の魂が音を立てて暴れ始めた。
ここから出せと言わんばかりに暴れている魂は、何かを必死に喚いている。
「理不尽だって言うけど、現世で生きる存在は全て、その理不尽を背負って生きてるよ」
叫び続ける魂には分からないのだろう。
どうして自分がと嘆くばかりで、生きるということが何を意味するのか、きっと考えたこともない。
──現世にはただ一つとして、明日を約束された命はないというのに。
「生を与えられるということは、死を与えられるということ。生を受けた存在は等しく、いつ訪れるか分からない死を背負いながら生きてるんだよ」
泣いているのだろうか。
籠の隙間から落ちていく涙さえ、ヘドロのように濁っている。
「でも良かったね。これから先、あなたに死が与えられることは二度とないはずだから。もう心配する必要もない」
魂が動きを止めた。
籠を刃先で引っ掛けた霜月が、閻魔に繋いだ門の中へ魂ごと放り込んでいく。
死神之大鎌を器用に扱う霜月に、思わず「上手だね」と呟いていた。
凍りつきそうな目で魂を見ていた霜月だったが、私の言葉を聞くなり、にこりと笑みを浮かべている。
わあ、可愛い。
不意打ちの癒しを受けていると、近くにまだ魂の反応があることに気がついた。
「あの魂……」
光を放つ魂は、クリスティーナの時のように、何か訳ありの様子だ。
回収しようと近づくと、こちらに気づいた魂が自ら近寄ってくる。
こうした魂は、悪魔たちに狙われやすい。
今回は死神が集まっていることもあり、悪魔の反応は全く感じられないが。
何にせよ、早めに閻魔の元に送った方がいいだろう。
魂を籠に入れようとすると、ぶんぶんと左右に揺れ動いた魂が、懸命に何かを伝えようとしてくる。
とりあえず話を聞こうとした瞬間、鋭い殺気を感じた。
キィンと、甲高い音が響く。
私を庇うように立った霜月が、死神之大鎌で攻撃を弾いていた。