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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.20 生と理不尽


 山が震えるほどの地響きに、地上を見下ろす。

 凄まじい音を立てて割れる地面と、倒壊していく建物。

 家屋から急いで出てきた人々は、あっという間に裂け目の中へと落ちていく。


 まるで、大地が口を開けて、何もかもを呑み込んでいくようだった。

 平和な光景は、一瞬で阿鼻叫喚(あびきょうかん)の渦に巻き込まれる。


 気づけば、海辺の方まで続いていた明かりは消え失せ、崩壊した建物の瓦礫(がれき)が積み上がっていた。


「なんてことを……」


「あららー。予想以上だねこれは」


 あまりの惨状に顔をしかめた律は、厳しい眼差しで地上を見つめている。

 リブラは印を死動すると、要求したローブを纏い、ぐるりと辺りを見回した。


「それにしても、随分と雑にやってくれたよねぇ。自然災害で片付けるには、不自然な跡が残り過ぎてる。あの地面とか、無理やり変形させたのが見て取れるくらいだよ」


「向こうの死神に、それなりに強力なのがいるみたいね」


 硬い声で呟いた律は、リブラたちに向けて指示を飛ばしていく。


「いつも通り二手に別れましょう。リブラはあたしと、時雨は燕と組んで動くこと。何かあった際はすぐに連絡を寄越すこと。いいわね?」


「はーい!」


 良い返事の燕に頷くと、律は時雨をじろりと睨んでいる。


「時雨?」


「……はい」


 蛇に睨まれた蛙ならぬ、鬼に睨まれた子どもだ。

 幼い頃、祖母が大切にしていた花瓶を割ってしまった陽向(ひなた)も、ちょうどあんな顔をしていた。


「睦月ちゃんと霜月ちゃんは、予定通り回収の方をお願いね。困ったことがあれば、いつでも連絡してちょうだい」


「ありがとうございます」


 こちらを見て微笑んだ律は、リブラたちと共に夜の中へ溶け込んでいった。




 ◆ ◆ ◆ ◇




「私たちも行こうか」


「うん」


 霜月に声をかけ、惨状の真上へ移動する。

 地上には数多くの魂が漂っていた。

 暗闇に沈んだ大地だが、死神(私たち)の目には流星群のように輝く光が映っている。


 むしろ、さっきよりも明るく見えるほどだ。

 これだけの魂をどうするべきか。

 私はその方法を、既に知っている気がした。


 宙に浮かびながら、手元に呼び出した死神之大鎌(デスサイズ)を一回転させる。

 掲げた大鎌(サイズ)の先端から波紋が生まれ、夜空を覆うように広がっていく。


 急速に拡大した波紋は円となり、ぽっかりとくり抜かれた内側が、(ゲート)になっているのが見えた。


 漂っていた魂が動きを止める。

 視えない何かに導かれるように、魂はどんどん円の中へ吸い込まれていった。


 見上げた先は宙のように暗く。

 けれど、その先に流れる美しい海が、行き着く場所を教えてくれる。


 選別所の水面下。

 銀河の如き大海の中で、送られた魂は全てが真っ白に還るまで、こびりついた罪を洗い流し続ける。


 広がっていた波紋が閉じ、大地に暗闇が増す。

 地上には、まだ幾らか魂が残っていた。

 先ほどまでの(もの)とは違い、輝きの見えないそれらからは酷い悪臭がする。


 落ちていく汚れはヘドロのように濁っており、次から次へと溢れ出ているようだ。

 魂を送る間、傍で見守ってくれていた霜月だが、そっちの処理は自分がすると言いながら近づいてきた。


「こっちのは籠に入れて、閻魔(えんま)に送らないとだね」


「どれも塵ばかりだ」


「それならなおさら、閻魔に処理してもらわないと」


 私が籠に入れた魂を、霜月が閻魔へと送っていく。

 淡々と流れ作業を続けていると、不意に目の前の魂が音を立てて暴れ始めた。


 ここから出せと言わんばかりに暴れている魂は、何かを必死に喚いている。


「理不尽だって言うけど、現世(ここ)で生きる存在は全て、その理不尽を背負って生きてるよ」


 叫び続ける魂には分からないのだろう。

 どうして自分がと嘆くばかりで、生きるということが何を意味するのか、きっと考えたこともない。


 ──現世にはただ一つとして、明日を約束された命はないというのに。


「生を与えられるということは、死を与えられるということ。生を受けた存在は等しく、いつ訪れるか分からない死を背負いながら生きてるんだよ」


 泣いているのだろうか。

 籠の隙間から落ちていく涙さえ、ヘドロのように濁っている。


「でも良かったね。これから先、あなたに死が与えられることは二度とないはずだから。もう心配する必要もない」


 魂が動きを止めた。

 籠を刃先で引っ掛けた霜月が、閻魔に繋いだ(ゲート)の中へ魂ごと放り込んでいく。


 死神之大鎌(デスサイズ)を器用に扱う霜月に、思わず「上手だね」と呟いていた。

 凍りつきそうな目で魂を見ていた霜月だったが、私の言葉を聞くなり、にこりと笑みを浮かべている。


 わあ、可愛い。

 不意打ちの癒しを受けていると、近くにまだ魂の反応があることに気がついた。


「あの魂……」


 光を放つ魂は、クリスティーナの時のように、何か訳ありの様子だ。

 回収しようと近づくと、こちらに気づいた魂が自ら近寄ってくる。


 こうした魂は、悪魔たちに狙われやすい。

 今回は死神が集まっていることもあり、悪魔の反応は全く感じられないが。

 何にせよ、早めに閻魔の元に送った方がいいだろう。


 魂を籠に入れようとすると、ぶんぶんと左右に揺れ動いた魂が、懸命に何かを伝えようとしてくる。

 とりあえず話を聞こうとした瞬間、鋭い殺気を感じた。


 キィンと、甲高(かんだか)い音が響く。

 私を庇うように立った霜月が、死神之大鎌(デスサイズ)で攻撃を弾いていた。


 

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