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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.19 浸透する雨


 回収場所が知らされた時、嫌な予感はしていた。

 霜月と出会う前に、フライトで訪れていた場所。

 指定先に転移してきた私が目にしたのは、見覚えのある光景だった。


神楽(しがらき)の土地……」


 本家の神楽(かぐら)は京都、分家である神楽(しがらき)は出雲に居を構えていた。

 住居のある場所からは少し離れているが、ここもまた神楽(しがらき)の所有する地であることに変わりはない。


神楽(しがらき)って、睦月ちゃんの現世での苗字だったよね」


東京(あっち)にも所有地があったのに、島根(ここ)にもあるのかよ。とんでもねぇ家を宛てがわれたもんだな」


「宛てがう?」


 時雨の言葉に違和感を覚え聞き返す。


「現世で滞在するためには、身分や居場所が必要だろ。俺らはアパートに住んでるけど、他じゃどっか良いとこの一族に紛れて暮らしてる死神(やつ)もいる」


「記憶を操作して、元から家族だったことにするんだよ。現世でも身分の高い死神や、おれたちみたいに一般市民として暮らす死神がいるのは、それぞれの立場で役割分担をしてるからで──」


 怪訝(けげん)そうに眉を寄せながら、時雨がぶっきらぼうに答えてくれる。

 燕も詳しい話をしてくれていたが、途中で律に呼ばれたため駆けていった。


「あんた、ほんとは何者なんだよ」


「どういう意味?」


 時雨と共に待機していると、珍しく時雨の方から問いかけられた。

 抽象的な表現に、何が言いたいのかと時雨に視線を向ける。


「あの死神から直接スカウトされただけじゃなく、準備が整うまでは現世で暮らせだの。かと思えば、悪魔に狙われたあげく、家を燃やされただの。そもそも、かなり地位の高い家を宛てがわれてるみてぇだし、どう考えても普通じゃねぇだろ」


「こうして言葉にされるとなかなかだね」


 時雨たちは、私が生きたまま死神になったことを知らない。

 死ぬ間際でも、魂の状態でもなく、私は()()()()死神の立場を得た。


 死神の普通がどんなものかは分からないが、少なくとも、自分が普通じゃないことは理解している。

 はぐらかされたと思ったのか、時雨は諦めた様子で視線を逸らしていく。


「私もね、分からないんだ」


「……」


 自然と(こぼ)れた言葉が、吹く風に滲む。


「分からないから探してる。初めは驚いたし、何で私がって思ってた。でも、今はここが気に入ってる。大切な存在がいて、鮮やかな景色の広がる死神の側(この場所)をね」


 真っ直ぐな眼差しだった。

 いつもの不機嫌そうな顔ではない。

 時雨は真剣に、私の言葉に耳を傾けている。


「だから、探し続けることに決めた。自分が何者なのか分かる、その日まで」


 そしていつか、全ての真実を手にする時まで──。


「あんたも……自分を探してるんだな」


 (まよ)い子のような声だった。

 影のある表情に、傷口も隠している。

 時雨からは、塞がり切らない傷の痛みと苦しみ。

 それと一緒に、僅かな期待も感じられた。


「睦月さん」


 不意に名前を呼ばれ、時雨の方を見つめる。


「面倒な事が起こる前に戻ろうぜ。少しはマシになったみてぇだけど、またいつ爆発するか分かんねぇしな」

 

「そうだね。戻ろうか」


 いつのまにか、律と燕の元に霜月とリブラも合流している。

 到着と同時に下調べに行くと話した律が、一緒に残りたがっていたリブラを引っ掴み、霜月にも声をかけたのだ。


 律は途中から燕と行動していたが、どうやらその間、リブラは霜月と動いていたらしい。

 こちらを見て嬉しそうに笑う燕と、優しく微笑む律の隣で、リブラが恨みのこもった視線を時雨に送っている。


 少し離れた位置に立っている霜月の方を見ると、月のような金と目が合った。

 私を見るなり柔らかく目を細めた霜月に向けて、私は真っ直ぐ歩を進めていた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 ミントから連絡が入ったのは、あれから少し経ってからのことだった。

 今いる場所は、魂の回収地点から程近い山岳部に当たる。


 内容には、私たちの他にも、いくつか死神の反応を確認したことが書かれていた。

 どうやら、間接的どころか直接的に関わってくるみたいだ。


 一悶着ではなく、何悶着も発生する可能性があるという訳で。

 ミントは情報の誤差から、膿をあぶり出すのだと気合いが入っていた。


「死神と戦うのは久しぶりね」


「あーやだやだ。本当なら、同族同士で争う理由もないのにさ」


「あんま前出すぎんなよ」

 

「リブラの能力は戦闘向きじゃないもんね」


「分かってるよ。でも、気にはなるよねぇ。あいつらがどうやって、印の自戒を無効化しているのか」


 律たちの会話を聞きながら、木の枝に腰掛け地上の光景を見下ろす。


 ぽつぽつと輝く人工の光と、立ち並ぶ建造物。

 あの全てが今から消えるのかと思うと、少しだけ寂しさを覚えた。


 神楽(かぐら)を出てから育った場所だ。

 もう祖母はいないが、懐かしむ気持ちは残っている。

 これから起こる惨状を知っていて、それでもただ見ているだけの私を、祖母は冷たい子だと残念に思うだろうか。


 幼い頃から希薄だった感情。

 両親が死んだ時でさえ泣かなかった私を、祖母だけは何も言わずに抱きしめてくれた。

 気味が悪いとも、冷たいとも言わず。


 あるがままを見ていた祖母が今の私を見たなら、いったい何を思ったのだろうか。


 風で髪が(なび)く。

 知り得ない答えと懐かしい景色に別れを告げ、私は手に触れた指に、自分の指を絡めてそっと握った。


 霜月は何も言わず、ただ私の傍で寄り添っている。

 けれど、何かを聞く必要なんてなかった。


 いつだって答えは、とっくに分かり切っていたから。


 

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