ep.17 新たな依頼
病室の中へ入ると、ベッドの上に座っていた威吹と視線が合う。
挨拶代わりに手を上げた明鷹は、ベッド脇に置いてあった椅子へと腰掛けた。
「調子はどう?」
「あー、自分では良いつもりなんですけど……」
「紬に止められてるってわけね」
眉を下げる威吹に、明鷹はからりとした笑みを浮かべている。
「紬が言うことには従っておいた方がいいよ。現に威吹、まだ能力が欠けてることに気がついてないでしょ?」
「えっ。もう回復したかと思ってました」
驚く威吹の肩を叩くと、明鷹は病室の空間をぐるりと見回した。
病室というより、落ち着いた作りの部屋に見える。
しかし、さすがは紬の管理する空間だ。
部屋の隅々にまで神性が満ちていた。
神官である紬は、神の権能を他よりも多く借りられる存在だ。
未だ死界の根源は、以前の神が創り出した状態のまま。
そこから力を借りられる紬の元であれば、威吹の状態もかなり良くなるだろう。
「ま、今は休んでおくといいよ」
「ありがとうございます」
上司となった明鷹の言葉に、威吹は素直な感謝を口にした。
「そういえばさ。霜月、かなり機嫌よさそうだったよ?」
「マジですか……?」
「大マジ」
思わず崩れた口調になる威吹だが、明鷹も同じ調子で乗っかっていく。
「威吹が心配だって言ってたから、近くを通ったついでに寄ってきたんだけどね。霜月ってば、周りに花でも飛んでるのかと思うくらいだったよ。しかもさ……睦月ちゃんにちょっかいかけても、睨まれるだけで済んだんだ」
「そっ、それは何と言うか……衝撃的ですね」
「僕が思うに、あれは本妻の余裕ってやつだよ」
真面目な顔でそんなことを言う明鷹に、威吹は軽く咳き込んだ。
とんでもない例え方をしている。
本妻だなんて、万が一にでも霜月が聞いたら……。
聞いたら……。
「そうかもしれないですね」
「あ、やっぱ威吹もそう思う?」
威吹は考えることを放棄した。
楽しそうに話す明鷹の後ろから、壁を通り抜け紬が室内へと入ってくる。
威吹が声をかけるより早く、病室で騒ぐ明鷹に向けて、紬が笑顔のまま何かを振り上げたのが見えた。
◆ ◆ ◇ ◇
美火の目が、狙いを定めた猫のようになっている。
じっと上司の方を見ているが、かと言って口を開く気配はない。
背に垂れた三つ編みを、瞬きもせずただ見つめているだけだ。
「気になるの?」
強烈な視線を受けながらも、上司はどこ吹く風とばかりにデスクで仕事を続けている。
これでは埒が明かないため、私から美火に声をかけてみた。
「……はい。あの髪、睦月さんが結んだんですか?」
「そうだよ」
上司が三つ編みをしていることが、そんなに珍しかったのだろうか。
よく似合っているし、私にとっては満足のいく出来映えだ。
「お上手なんですね」
「普通だと思うけど。そんなに気になるなら、美火も結んでみる?」
昔から、やれば一通りこなせる質だった。
記憶力は言うまでもなかったし、苦手なことも特にない。
勉強も運動も、それ以外の事も。
全て問題なくこなせていた。
教えたことを器用にこなす私を見て、父は「僕の娘は天才だ!」なんて叫んでいた。
唯一の例外は、手作りの料理を食べた父が、泡を吹いて倒れたことくらいだろう。
美火は私の言葉に目を輝かせている。
機嫌が直ったようで一安心だ。
ソファーの後ろに回り、美火の頭から黒いリボンを解いていく。
長さはボブだから、ハーフアップとかが良いかもしれない。
髪を梳かし、上の部分だけを手に取る。
そのまま何度かねじり、仕上げにリボンで留めておいた。
猫耳のようなリボンも可愛かったが、今回は少し下の方で結んである。
「はい、出来たよ」
「ありがとうございます」
そわそわした様子の美火は、亜空間から鏡を取り出すと、髪を見て嬉しそうに微笑んでいる。
亜空間には服の他にも色々と仕舞えることを知ってから、櫛や髪ゴムなども入れておいたのが幸いだった。
近くで大人しく座っていた霜月に目を向けると、当然のように視線が合う。
複雑そうな顔をしているかと思いきや、意外と平気そうだ。
出会った頃に比べて、私の様子を深く窺い過ぎることはなくなった霜月だが、その分他への嫉妬は増していた。
そんな霜月が、美火に構っている間も穏やかに待っていられるようになるなんて──。
感動にも近い気持ちで見つめていると、私の考えていることを察した霜月が、恥ずかしそうに視線を逸らしていく。
霜月は前髪が少し長いため、編み込んで横に流してみるのも良いかもしれない。
今度、前髪を留めるピンでも買ってこよう。
なんて脳内で決意していると、上司から声をかけられた。
「睦月、霜月。現世に戻った後、一つ仕事をお願いします」
「分かりました」
仕事を依頼されるのはこれで二回目だ。
初仕事はハプニングだらけだったが、今回は何事もなく終われるだろうか。
「人間の大量死が予定されている場所があります。そこに向かい、魂の仕分け及び、選別所への転送を行ってきてください」