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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
117/223

ep.16 特別扱い


「たまには下ろしますよ。それにここは、休息所でもありますからね」


「休息所?」


 確かに、この場所の雰囲気はとても落ち着く。

 静寂とゆるやかな空気に満ちており、どれだけでも()もっていられそうな程だ。


 死神は睡眠を取らない。

 だからと言って、四六時中ずっと仕事をしている訳でもない。


 睡眠を取らない分、こうして自分の時間を過ごすことも大切なのだろう。

 上司の隣にある椅子に腰掛けると、朧月のものだという記録書を開いた。


 ぱらぱらとページをめくる音だけが響いている。

 互いに黙って読み進める中、本の内容にだんだんと手が止まっていくのを感じていた。


 率直に言って、もの凄く黒い。

 普通は知り得ないような情報が、事細かに記録されているのだ。


 上司が記録書に近いと言ったのは、これが事実に基づいて記されたものだからだろう。

 どこどこの悪魔は頭が弱いから、罠にはめてから少しずつ魔力を削るといい、だとか。


 とある死神の知られたくない過去や、天使をゆするための弱味まで載っている。

 さらに恐ろしいのは、その情報を対価と引き換えに提供している点だ。


 対価には別の情報を要求していることも多く、受け取った者が使用した結果、どうなったかまで詳細に記録されている。

 本当にこれを、あの儚く綺麗な朧月が集めたのだろうか。


 疑い半分、興味半分で本を読む私の隣で、小さく息の漏れる音が聞こえた。

 上司、いま笑ったな?


「これ……本当に朧月の本なんですか」


「間違いなく朧月の物ですよ」


「朧月が集めた本、なんですよね?」


「ええ勿論。朧月が集めた『情報を記した』本ですよ」


 相変わらず意地の悪い返しだ。

 しかしそれ以上に、この本を朧月が書いたという事実に何とも言えない気持ちになっている。


「どうしてこれを私に渡したんですか」


「さあ、どうしてでしょうね」


「またはぐらかした」


 お互い目線は本に向けたまま、ぽんぽんと会話だけが飛び交っていく。


「ほんと、素直じゃないですよね」


 上司の気配が僅かに揺らいだのを感じた。

 珍しいこともあるものだと顔を上げると、紅い宝石が光を放っているのが映り込んだ。


 右耳に付けられたピアスが揺れて、長い髪の隙間から覗いている。

 肩にかかった美しい黒が、やけに気になって仕方がなかった。


「上司。髪、触ってみてもいいですか」


「好きにしてください」


 本から視線を上げた上司は、私を見て諦めたような顔で許可を出してくる。


「そういえば、上司が留守だったので、ミントがまた後で来ると言ってました」


「そうですか。情報管理課はどうでしたか?」


 椅子から立ち上がり、上司の背後に回った。

 髪を指で()きながら、後ろで一つに纏めていく。


「どうって言われても、普通です。霜月のパートナーを辞めるよう言ってくる死神はいましたけど」


「ああ、なるほど。それで怒っていたんですね」


「……怒る?」


 思わぬ言葉に聞き返してしまう。

 馴染みのない感情に、どう答えたらいいのか分からず戸惑いを覚えた。


「よく……分かりません」


 胸に走る不快感も。

 心に立つさざ波も。

 どれも、私が経験したことのないものばかりだった。


 ──私はあの時、怒っていたのだろうか。


「答えを急がなくとも、そのうち分かりますよ」


 淡々としているようで、優しさを感じる声だ。

 胸に沁みた言葉が、不安や戸惑いを消していく。


「まあ、大半の理由は、睦月が鈍いだけだと思いますがね」


 鈍くて悪かったな。

 余計な一言に、思わず口が滑りかけた。

 さっきまでの良い空気が台無しだ。


「……イラッとすることはあるんですけどね」


「おや、良かったではないですか」


 さらりと返してくる上司に、湿気の増した目を向ける。

 じとりとした視線も意に介さず、上司は手元の本を読み続けていた。


 初対面の時は合わないと思っていたが、最近は意外なほどしっくりくるのだから不思議なものだ。


「できました」


 報告と共に手を放す。

 上司の背には、綺麗に整えられた三つ編みが垂れていた。

 少し緩めに編んでおいたため、読書の邪魔になることもないだろう。


 満足した気持ちで椅子に戻ると、再び朧月の本を手に取った。

 内容は別として、情報を得ておくことに損はない。

 しばらくは静寂の中、黙々と本を読み進めていた。


 一冊読み終えたところで顔を上げ、他の本にも視線を向ける。


「他の死神はいないんですね」


「ここは宝月だけが使える場所ですから。他の死神が来ることはありませんよ」


「え?」


 だとしたら、私もここに居たらまずいのではないだろうか。

 困惑する私を見て、上司はさらに言葉を続けていく。


「権限を持っている者の許可があれば問題ありませんよ。あのまま戻れば明鷹と会う未来が決まっていたので、少々時間潰しに付き合ってもらおうかと思いまして」


「便利な能力ですね。でも、私だけ呼んでいいんですか? 贔屓(ひいき)になりますよ」


「おや、贔屓してはいけませんでしたか?」


 予想外の返事に口を閉じる。

 冗談を言っている気配は感じられない。

 どうやら、今日は色々と感情が揺さぶられる日のようだ。


「いけなくは……ないです」

 

「なら問題ありませんね」


 上司は本を閉じ、テーブルの上に置いている。


「そろそろ戻りましょうか。本はそこに置いていってください。時間が経てば、勝手に整理されるようになっていますから」


「分かりました」


 言われた通り、椅子の横にあったテーブルに本を置いておく。


「また来てもいいですか」


「その際は連絡してください」


 つまり、良いということだろう。

 嬉しさから口元が緩む。

 辺りを見ただけでも、気になる本が沢山あったのだ。


 転移で戻るため傍に寄るよう呼ばれ、私は緩んだ口元のまま本の空間を後にした。


 

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