ep.14 あの時の真実
「で、いつ帰るんですか」
「えー、美火ちゃんってば冷たーい」
いかにも悲しげな表情とは裏腹に、明鷹の声は軽々しい。
目を鋭くさせる美火を見て、明鷹は仕方がなさそうに立ち上がった。
「分かったよ。目的は済んだし、そろそろお暇するとしようかな」
高くなった目線と、そこから見下ろされる視線。
こちらを観察するような意図を感じ、顔を上げた。
明鷹は目が合うと、何やら意味深な笑みを浮かべてくる。
「睦月ちゃんさ、雰囲気変わったよね」
「それ、威吹くんにも言われました」
「威吹に?」
返された声はやけに楽しそうだ。
「良い感じに育ってるようで安心したよ。少し早いけど、昇格試験を受けさせてもいいのかな」
「昇格試験?」
「あれ? 睦月ちゃん知らない感じ?」
不思議そうな様子の明鷹に、訳がわからず首を傾げる。
互いによく分かっていないまま見つめ合っていたが、先に口を開いた明鷹が、ちらりと霜月の方に視線を向けた。
「最近だと、霜月が受けに来てたはずだけど……」
「ああ、それで死界に戻ってたんですね」
「もしかして、何も聞いてなかったの?」
「死界でやる事があるっていうのは聞いてましたよ」
明鷹は呆れたと言わんばかりに頭を押さえると、そのまま小さく唸っている。
「ここの死神は、どうしてこうも言葉が足りないのばっかりなのかな。そりゃ言えないこともあるだろうけどさ、パートナーならこの件については話しておくべきでしょうが」
霜月は自分より私を優先する思考の持ち主だ。
客観的に見れば話しておくべきことでも、霜月からすればそうではなかったのだろう。
とは言え、明鷹の言葉に対し思うところもあったようで。
隣から不安そうな視線を受けたので、何度か頭を撫でておいた。
一応付け加えておくと、霜月が気にしているのは話の内容でも明鷹の考えでもなく、その話を聞いて私がどう思ったかだ。
明鷹の声に半分諦めが混じっているのも、そうした現状を理解しているからなのだろう。
「昇格したらどうなるんですか?」
「主なものだと、位に応じた権限の解放かな。出来ることが増える分、使える能力の幅も大きくなるんだ」
以前から、霜月が新人らしくないことには気づいていた。
位を上げられるなら、それに越したことはないはずだ。
それに、霜月なら間違いなく試験には合格しているだろう。
「利点が大きいですね」
「基本的にはそうかもね。だけど、位の差が開けば、上が睦月ちゃんたちのパートナー契約を解消させようとするかもしれない」
不意に走る感覚に、またかと内心でため息をついた。
私と霜月を引き離そうとする誰かの意思を感じるたび、胸にじりりとした不快感が走っていく。
リーネアの時も、今この瞬間も。
これまで経験したことのない感情に、心ではさざ波が立っているのだ。
「特別警備課が優秀な人材を欲しているように、上もまた手元に引き込む機会を狙っている。霜月ほどの死神なら、引く手は数多だからね。もし常闇の部下じゃなかったら、今頃は……」
「霜月は私のパートナーです。誰にも渡したりしません」
かち合った視線の先、明鷹の瞳に興味の色が浮かんでいく。
「やっぱいいね、睦月ちゃん。変わったのは雰囲気だけじゃないみたいだ」
獲物を狙う鷹のように、明鷹の関心は一つに絞られている。
何が琴線に触れたのかは分からない。
けれど、少なくとも明鷹の感情を刺激したのは確かなようだった。
「ほんと、常闇んとこの部下じゃなかったら……ってあつぅ!」
明鷹がこちらを見ている背後で、鋭い目をした美火が炎を出現させたのが見えた。
美火はその炎を、そのまま明鷹の背中へとぶつけている。
「ちょっ、美火ちゃん!?」
「いつまでそこに立ってるつもりですか。あと、睦月さんはあげません」
帰りがけだったこともあり、明鷹はドアの近くに立っていた。
背後から結構な炎を当てられていたが、背中は無事だろうか。
美火の方を振り向いた拍子に、明鷹の背中がはっきりと目に入ってくる。
警備課よりもシックに見える制服には、少しの焦げも見当たらない。
肩からかけられたローブは、ローブというより軍服に近い作りをしている。
翻った部分がゆらゆらと揺れていて、それがやけに不自然な動きをしているなと思った時だった。
「物騒な女は嫌われるわよ、美火」
肩から軍服が離れ、剥がれ落ちるように形を変えていく。
長い髪が靡き、ヒラヒラとしたワンピースが空に舞った。
現れた少女は明鷹の首に腕を回しながら、優美にその場で浮かんでいる。
「助かったよシルフィー」
「明鷹ったら、都合が良いんだから。次は庇わないわよ」
「ええー。そんなこと言わずにさぁ」
まったくもうとでも言いたげに明鷹を見たシルフィーは、美火の方を向くと眉を吊り上げた。
「いくら明鷹がうざくても、手段は選んでちょうだい。物理的な攻撃を防ぐのは私の担当なの。どうしてもしたいなら、精神的な攻撃をお勧めするわよ」
「ちょ、シルフィー?」
「次からはそうします」
「次とかなくていいからね!?」
どちらの味方か分からない態度を取っていたシルフィーだったが、私と目が合った途端ハッとした表情に変わる。
そのまま目の前まで飛んでくると、やけに嬉しそうな様子で話しかけてきた。
「貴女、会いたかったわよ!」
飛びかかるほどの勢いに驚いていると、霜月がシルフィーとの距離を離すように手を引いてきた。
明鷹も、興奮気味のシルフィーを落ち着かせようと声をかけている。
「こらこら。いきなりだと睦月ちゃんもびっくりするでしょ?」
「だって……やっと話せたのよ?」
不満げに唇を尖らせるシルフィーだったが、明鷹の言葉に大人しく引き下がっていく。
少し距離が空いたところで、シルフィーは再び口を開いた。
「擬態している私を見破るなんて、貴女すごく目がいいのね。高位の死神でもなかなかないことよ。一目見て私の正体に気づいたのは、貴女を除けば宝月くらいだもの」
「シルフィー」
「何よ。死界でこの言葉を禁止するなんて、ほんと不便な世界になったものね」
月という言葉に、部屋の空気がぴりつくのが分かった。
上司の空間とは言え、やはり言葉は控えた方がいいようだ。
ふんと鼻を鳴らしたシルフィーは、髪を手で払うと「分かったわよ」と呟いた。
「睦月ちゃんさ、初めて会った時のこと覚えてる?」
「覚えてますよ」
どんなに昔であろうと、私の記憶は薄れる事がない。
明鷹と初めて会った時のことも、鮮明に記録されている。
「あの時、睦月ちゃんは僕のローブを見て特注品かって聞いたよね」
「たしかに聞きましたね」
今回ほどはっきりした形状ではなかったものの、明らかに周りと違うローブを着ていたのだ。
目立つに決まっている。
「シルフィーの擬態は、同じ死神にも有効でね。そう簡単に見破られたりはしないんだ。あそこにいた他の死神には、僕のローブも睦月ちゃんたちと同じような物に見えていたはずだよ」