ep.13 サポーターの真髄
「あのさ、睦月さん。なんか……霜月の機嫌良すぎない?」
言われてみれば、霜月の周りには花でも咲いてそうな空気が漂っている。
つい先ほどまで、辺りを氷漬けにしそうな雰囲気だったとは思えないほどだ。
「たしかに良さそうだね」
「理由とか知ってる?」
「うーん……」
霜月の冷気が感じられなくなったのは、リーネアに手を引くよう話した後からだ。
他者に関心自体を持たない霜月だが、リーネアのことは嫌っているようだった。
はっきりと距離が取れたことで、機嫌も直ったのかもしれない。
「霜月がこうなるとしたら、睦月さん以外には考えられないんだけどなぁ」
「そうかな?」
「そりゃあ勿論。あたしから見ても、そうとしか思えないくらいの一途っぷりだからさ」
正直、霜月が私に向ける感情の多くは、いまだに分からない事で溢れている。
けれど、目が合えば嬉しそうに微笑んでくる霜月を見ていると、まあいいかなんて気持ちになってくるのだ。
「ミントは、リーネアについてどう思う?」
「リーネア? あー、あの子はなんていうか……まだ幼いって感じがするよね」
「幼いって言うのは、死神としてってこと?」
「そーそー」
頷いたミントは、難しそうな表情をしている。
「あたしは死神になってからけっこう経つけど、リーネアはまだ三桁行かないくらいじゃないかな。候補生になったのも、霜月たちと同じ時期だったし」
三桁……。
つまり、死神歴が100年近いという意味だろう。
外見と年齢が一致しないのは、もはやこちら側の常識みたいなものだ。
「人間だったら、充分大人なんだけどね」
「人間は見た目も歳をとるからね。でもさ、それを大人って言うのも、なんだかなーって思わない? ただ歳をとったからって、中身が大人になるわけでもないじゃん?」
そういえば、本家にいた頃は時折そんな人を見かけていた。
外見は大人でも、中身は幼子のように未熟な人たち。
あれを大人と言うには、たしかに語弊がありそうだ。
「死神にとって幼いって言うのは、オンオフを上手く使い分けられないって意味でもあるのよ。人間っぽく見えるのが悪いってわけじゃない。けど、ここの使い所を間違えるようじゃ、死神としてはまだまだってわけ」
要するに、歳も若ければ中身も未熟だと。
そう言いたいのだろう。
リーネアに対する周りの評価は分かったが、それで疑念が無くなるわけでもない。
「そういえば、今のミントはオンとオフどっちなの?」
「やだ、睦月さんってば。あたしのことが気になるの?」
キャッと照れる仕草をしたミントは、私の腕を軽く叩いてくる。
一瞬、霜月の方から冷んやりとした視線が飛んだが、ミントがすぐに手を離したことで、再び花が咲きそうな雰囲気に戻っていた。
「そんじゃ、あたしはここで失礼するね」
「上司に会っていかないの?」
「そのつもりだったんだけど、ちょうど上司いないみたいなんだよね」
上司の空間まであと少しの所で、ミントは足を止めている。
「そういうのも分かるんだ」
「まあねー。これでも情報管理課だからさ、収集速度には自信ありってね! さっき呼び出しかかったみたいだよ」
──呼び出し。
ミントの口調から、大体の事情は察することができた。
それに、上司を呼び出せる相手が、そうそう居るとも思えない。
「あたしも情報管理課が心配ではあるからさー。後でまた来るよ」
「そっか。ありがとね、ミント」
「やだなー睦月さん。あたしはお礼を言われるような事はしてないよ?」
そう言って茶化すミントに向けて、今度ははっきりと言葉にした。
「見守ってくれてたから」
ミントの顔に僅かな動揺が走る。
しかし、すぐにいつも通りの表情に変わると、ミントはにっこりと笑みを浮かべてきた。
「そういう事なら、どういたしまして」
反対に歩いていくミントと別れ、上司の空間へと足を踏み入れる。
仕事部屋の前に立つよりも早く、中から誰かが飛び出してきた。
「睦月さん!」
「美火。元気にしてた?」
「今から元気になりました」
抱きついてきた美火の頭を撫でると、ゴロゴロいいそうな顔で目を閉じている。
相変わらず、頭についたリボンが猫耳のようで可愛いらしい。
「やっほー、睦月ちゃん」
「明鷹さん。来てたんですね」
「睦月ちゃんに会いたくて来ちゃった」
語尾にハートでも付きそうな声で話してくる明鷹の方を、静かに見返した。
明鷹はこちらを注視していたが、途中でため息をつくと視線を逸らしていく。
「やっぱ駄目かー。大まかな感情なら、読み取れると思ったんだけどなぁ。睦月ちゃんさ、喜怒哀楽って知ってる?」
「知ってますよ。ちなみに今は、どんな感情を読み取ろうとしてたんですか」
「んー? 僕に会えて喜んでるかどうか」
普通。
その一言に尽きる。
「すごく嫌だけど、我慢してくれてるんだと思います」
「えっ!? 美火ちゃん、それ冗談だよね? 霜月はそんなことないって思うよね?」
「……」
「ノーコメント!?」
霜月が無言なのは、多分訂正したくないからだろう。
嘘はつかない。
けれど否定もしない。
違うと分かっていても、それを明鷹に話す気はないようだった。
沈黙は肯定とはよく言ったもので、明鷹はとうとう「そうなの?」なんて私に聞いてくる始末だ。
こういう時の霜月と美火は、けっこう仲が良く見えたりする。
可愛い二人の悪戯ということで、私もしばらく黙っていることにした。
◆ ◇ ◇ ◇
「あちゃー。バレてたのか」
睦月たちと別れた後、ミントはさっぱりとした声でそう呟いた。
想定外ではあったが、良い兆候でもある。
「とりあえず、何を話してたかはあいつらに聞くとして、映像は全て保管かな。にしても……リーネアのこと、やっぱ睦月さん気付いてたよね」
リスクが高い仕事をE判定と偽ったことも。
睦月にだけ情報を送らなかったことも。
露骨な妨害工作が起きても泳がせていたのは、そこにリーネア一人では不可能な工作も混じっていたからだ。
そして、それが意味するのは、バックについている死神がまだ情報管理課に紛れている可能性──。
「あーあ。愚痴も満足に言えやしない」
睦月たちのサポートをこなしつつ、早いところ膿を見つけ出さなければ。
「さてさて、今日もお仕事頑張りますかー」
身体をぐっと伸ばすと、ミントは気合を入れるように声を上げた。
今ならきっと、いくらでも頑張れる気がする。
何故ならミントは、睦月たちのサポーターなのだから。