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死神の猫  作者: 十三番目
第三傷 Third Guilty 真なる神へ告ぐ
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ep.4 三日月


 選んだ右側の扉は、拍子抜けするほど容易(たやす)く開いた。


 吹き抜ける風から、新緑の香りが漂う。

 一帯を飛ぶ蛍が幻想的な光景を生み出しており、夜の森だというのにやけに明るく感じた。


「いってらっしゃい」


 転幽の声に背中を押され、扉の先へと足を踏み入れる。

 どうやら、今回は一人で向かう場所のようだ。

 閉じていく扉の隙間から、きらきらと輝く丸い月が見えた。




 ◆ ◇ ◇ ◇




 木々の間に細い道が通っている。

 道を照らすように飛んでいる蛍を眺めながら、月明かりを頼りに進んでいく。


 突如、ぽっかりと開けた場所に出た。

 目の前には立派な日本家屋が建っている。

 縁側の床は月の光を反射して輝いており、開け放たれた(ふすま)の先には畳が敷かれている。


 近づいてみるも、部屋の中には誰もいないようだった。


「申し訳ありません。お出迎えが遅れました」


 不意に、斜め後ろから声をかけられた。

 淡く輝く金色の髪と、エメラルドの様な瞳。

 ただでさえ顔面偏差値の高い死神たちの上を行く、圧倒的な美貌。


 この空間の雰囲気といい、やけに既視感(きしかん)を覚える光景だ。

 和服に身を包み、肩に羽織(はおり)をかけた青年は、美しい所作でこちらに近寄ってくる。


 (はかま)から覗く草履(ぞうり)が、音もなく地面を滑るのが見えた。


「どうぞお好きな部屋に上がってください。すぐにお茶をご用意いたします」


「それなら、ここでもいいですか? もう少し景色を見ていたくて」


 家の中へ案内しようとする青年に問いかけると、間髪(かんはつ)を入れず「勿論です」と返された。

 縁側に腰掛け、蛍が生み出す灯りを眺める。

 ここからだと、空に浮かぶ月もよく見えた。


三日月(みかづき)……」


「はい」


 聞こえた返事に、思わず後ろを振り向く。


「お呼びでしたか?」


 青年は運んできた茶器を近くに置くと、その横に茶菓子を添えている。


「三日月って名前なんですか?」


「三日月は敬称ですが、そう呼ばれることが多いですね。ご存知だったのでは?」


「空の月が……ちょうど三日月だったので」


 隣に座った三日月が、恥ずかしそうに顔を伏せた。

 何とも言えない沈黙が流れる。


「もしかして、三日月は月を(かん)するものと何か関係があったりしますか?」


「関係があるというより、俺もその月を冠するものに当たります」


 気を取りなおすように問いかけると、三日月の視線が真っ直ぐこちらに向けられた。

 私が話すのを待っているのだろうか。


 黙ってこちらを見つめる三日月に、気になっていた事を口にする。


「月を冠するものは、死神王の側近だと聞きました。どうして死界ではなく、()()()()()にいるんですか?」


「ここが創り出した空間だということはご存知なんですね。……少し、記憶を読み取らせていただくことは可能でしょうか?」


 三日月が向き合うように身体をずらしたことで、朧月(おぼろづき)との出来事を思い出した。

 読み取りやすいように顔を近づけると、三日月は(あせ)った様子で離れてしまう。


「な、何故……顔をお近づけに……?」


「記憶を読み取る時は、おでこを合わせるんですよね?」


「……いったい、誰が貴女にそんなことを?」


 穏やかに吹いていた風がぴたりと止んだ。

 辺りを飛んでいた蛍が、何かを悟ったように動かなくなっていく。


 いつのまにか、三日月の手には刀が握られていた。

 (さや)に収まる刀が、ただの刀でないのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)で──。


「三日月、いったん落ち着こう」


「いいえ。そのような不届き者は、俺が早急に始末して参ります」


 わあ、物騒。

 もしかして、私の周りには思考が極端なものしかいないのだろうか?


 立ち上がった三日月の羽織(はおり)を摘むと、困った表情でこちらを見てくる。


「朧月だよ。前に朧月の空間で会った時、記憶を(のぞ)くためにおでこを合わせてたから。今回もそうなのかなって」


「朧月……」


 三日月の怒りが、一瞬で凪いでいくのを感じる。

 同じ月を冠するものなら、何か反応も変わるかもしれない。

 それに、いざとなったら朧月自身がなんとかしてくれるだろう。


 そんな考えで口を開いたが、とりあえずどうにかなったみたいで安心した。


「記憶を読み取るのに、(ひたい)を合わせる必要はありません。手を当てれば充分です」


「そうなんだ」


 額に手のひらを当ててきた三日月に相槌(あいづち)を打つ。

 霜月といい美火といい、距離感の近い死神が多かったため、感覚が麻痺(まひ)していたのかもしれない。


「朧月は月の中でもかなりの情報通です。こうして個々の空間にいても、ある程度は外部の情報を得ていたりします。貴女のことも、情報を得た上で最適な場所を選んでいたのでしょう」


 言われてみれば、どうして朧月が神楽(かぐら)の敷地にいたのか不思議だった。

 待っていたという言葉通り、私が来ることを見越してあの場所に滞在していたのだろう。


「貴女をここへ導いたのも、おそらく朧月の判断によるものかと」


「それなら、朧月のおかげで三日月と会えたんだね」


 私の言葉に照れた表情の三日月が微笑む。


 

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