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西の塔の住人




 彼は王家の近しい血統から生まれた力の強いアポフィスムだった。

 

 アポフィスムだけと言うだけで警戒される中、彼は不幸にもアンディメーナの性質をもって産まれてしまっていた。 

 

 彼の事は周囲に伏せられた。


 その特殊な彼のプシュケーや器を守るため、そして恐るべき呪いとなってしまわないようにとラシウス王らは彼を監視する機関を設立したのが始まりだった。



 王宮の者たちが滅多に近寄らない黒い森の方、西に建てた塔、そこが彼の棲家となった。

 その名の通り西の塔、そこは彼を管理し保護する場所として機能するはずであった。


 だが彼はアポフィスム。その力を使って、禁忌を犯してしまう。それは──。



 その事が明るみに出てしまっては、いくら王家の血を引いていたとて、いくら神の力が強大だとて手を打たなければならなかった。


 彼を縛ることにした。


 それが彼にとってもこの世界の安寧にとってもいいことだと信じて──。

 

 そうやって、今までは半ば強制的に湖の底へ誘うかのようにラシウス王は神の子の力を使って管理していた。


 だが、ラシウス王の力が衰え始めてきた今、その足枷もオルフェの神の力の前では通用しなかった。


 何故ならば、彼の執着は想像を絶するほど凄まじいものだったからだ。


 幾度繰り返そうとて同じこと。そう仕組まれてしまっていても──。


「全てを理解した上で、それでも手に入れたいんだ」


 彼は何度でもそう言って抵抗を続けた。


 虚しさを感じても。

 何度も何度も。


 そしてようやくこの時がきた。そう、あの子が目醒める時。


 本当の力を持ってして、その力を最大限に発揮できるところまでようやく繰り返したどり着いたのだ。



 だが、強大な力をもっているからこそ、受けている呪いがあった。

 

 彼が生きている糧であるエレーヌが離れれば離れるほど、彼女に関する記憶が火に焼かれるパピルスのように崩れ、失われていく。

 

 これは単なる記憶喪失ではなく、存在の痕跡そのものが燃やされる。という忘却の呪いであった。

 

 彼はこの呪いに抗うため、物語を紡ぐことを選んだのだ。


 彼にとってこの呪いが発動しはじめるのは単なる物語のプローローグにすぎない。


 彼が眠りについた時、次に目を覚ましたのはいつものところだった。


 ここからは、いつも通りに事は進む。

 大切なあの子を失う定め。


 でも、今回こそはそうはさせない。そう誓って物語を紡ぎ出したのが始まりだった。


 だが、いつも複雑に絡まった各個人のエピソードに邪魔されてしまい、なかなか思い通りにいかない時を繰り返した。


 何度目だろうか、彼は気がついてしまった。


 それではそのエピソードを変えてしまおうではないかと。


 それは大変手のかかる作業だった。

 

 一本の糸を意図的に絡まらせ、複雑化させる。大勢の糸をぐちゃぐちゃに解く術もないほどに。

 

 一見、意味のない事に見えるが、変わっていった、確実に着実に。彼だけのために。


「何がって? あの子と私の出会いの時。別れの時。そして再び会える時。全てが少しづつ」


──眠っていた彼が、目を覚ました。再び物語が始まった。彼の思い描く結末に向かって。









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