私とこの子とこの子の世界
私たちが破滅に至らない方法。この世界が破滅へ向かわないための鍵、それはこの子と私が握っている。
すやすやと眠っている『オルフェリアの希望』の主人公ユディの生まれてまだ数ヶ月しか経っていない姿をみて、私はこんな可愛い子に秘密を抱えさせることになるのかと考えあぐねていた。
この子がここで育てられているのも、偽りの性別を与えられているのも、元を辿れば私のせいなのかもしれない。
──ここまでに何も変えられなかった私のせい。糸をぐちゃぐちゃにしたままで、解くことができずにここまできてしまった。
原作開始時点では五歳であるユディも、この時点ではまだ首も座っていない赤子。
触れたら壊れてしまいそうで、私はこの子をまともに抱っこすらできていない。
この子に一体なにをしてやれるだろう。
何を残すことができるだろうか。
そして、どんなことを託せるだろうか。
ふとここで、原作開始時の私たちの年齢を思い出す。
私とレオスは十三歳、エディ兄様は十六歳、ノータナーは二十歳で、カインは推定十四、五歳と言ったところだろうか。
──あと五年しかない。
原作『オルフェリアの希望』でのこの世界の破滅がはじまったきっかけとされている、ラシウス王の死の原因である戦争は、最初はただの対岸の国同士での小競り合いであった。
通常、ミィアス国は唯一の神の子が治める国として、人の子らの争いごとには関わらないものとしている。
大概は中立の立場を取り、そもそも介入していくことはなかった。
それでも、国外にも神の力を持つものたちはいる。その者たちから助けを求められた時、神の力を持つものたちの管理と保護を神の子はせねばならない。
ミィアス国の立場として当初は、話し合いの場を設けて和平、いわゆる停戦条約を結ぶ算段でいた。
だが、それで治まるほどの争いにとどまらず戦火は拡大していってしまい、神の子であるラシウス王でさえも命を落としてしまうこととなる。
これは神の知るところであったのか、それとも神の悪戯か、はたまたこの事さえもラシウス王は見据えていたのか、依然としてわからずじまいだ。
原作開始まで、あと五年、されど五年、私は破滅へと着実に進んでいるこの時、なにがこの子にとって、そして皆にとって、この世界の最善の選択であるのか、そして大円団を迎えることができるのか。
ぐちゃぐちゃになった糸を解く方法をまだ何も知らない。
すやすやと眠っているユディへと誓いを立てるように、そしてこの子とこの世界の未来が、原作のようにならないようにと祈りを込めて……今できることを、探していた。
「オルフェさんに会いに西の塔へ行かなくちゃ」
小声で自分に誓いを立てる。
今はオルフェさんになんとしてでも会わなければならない。
会えなくなってしまった彼にこれからのヒントを授けて貰うべく。
しかし、王宮に帰ってきてからというもの、ともかく私たちは、ばたばたしていた。
日課のユディの寝顔を眺めることが癒しとなるほどに。
エディ兄様は状態は良くなったものの、何故か私は会う事は許されていない。
レスディさんから習ったことをシェニィアに聞いてみたら、シェニィアは想定外の事だったらしく、頭を抱えて、帝王学等の授業の内容の見直しをはかったため、授業の内容が一気に難しくなった。
シェニィア曰く、私のエピソードのことは伏せられていたことであって、そこに現れたコンプレックスも克服しているとされるカインが予想外の存在で、自分達の研究が追いついていないらしい。
その状態で私たちはレスディさんから知識だけを吸収してしまったのだから、なんとも言い難い状況であるらしい。
レオスは普段と変わらないように装っているけれど、少し何か焦っているようにも思える。
暇さえあれば、兄様の書斎に籠るか、研究所に出入りして何かを探っているようだ。
これも、きっと私のせい。私のエピソードが未完成でエディ兄様の様になってしまわないか怖いのだろう。
「そんな怖い顔しないで、少し休憩しない?」
だなんて、そんなレオスに以前のように声をかける暇も隙もなく。ただ見守るしかできなかった。
──ああ、これで糸がまたひとつぐしゃぐしゃになってしまった。
カインは、王宮という場に最初は緊張していたようだが、その適応力は凄まじいもので、従者としてというか、よき友人として私たちに接してくれている。むしろそれが彼の与えられた仕事のように感じている節があるのが本音だ。
ノータナーは相変わらずで、普段は一緒にいるのが一番長いものの私の授業の合間を縫って、自主的に剣術や馬術の訓練をしている。
あげた手袋は使ってくれているので嬉しいが、ノータナーも成長期の少年だ。身長も伸びていっているのだから、手の大きさも大きくなるだろう。サイズアウトした時用にもまた手袋をプレゼントしなくては。
(これがいつしか毎年恒例のノータナーへの誕生日プレゼントの一つになったのはまた他のお話で。)
そんな時、私は今、天秤がある祭殿の前へと立っている。
(て、色々考えないように! 今は目の前の天秤の審判に集中しないと)
果たして、禊の効果は出たのだろうか。
天秤の先へと手を伸ばした。




