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ミィアスの盃〜メリバ原作主人公の姉になりました〜  作者: 枝野モズ
第四章 原作との交差地点まで
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ふたつめの鍵






 波の音が酷くうるさい。これから残酷な出来事が待ち受けているようで、目と耳を塞ぎ逃げ出したくなる衝動に駆られる。けれど、許してくれない。レスディさんが。嫌、この世界がそれを良しとしないだろう。

 

 弱々しい覚悟で、破滅を防ごうとしていた自分に嫌気がさしてしまう。今ここで手がかりを掴もうともせず、逃げてどうする。


「私がここで、レオスやノータナーとあまり話すことができなかったのも、本当は私の魂を成長させるためなんですか?」


「はい。穢れなき無垢な、強い魂を維持するために。他の者たちとは関わって欲しくありませんでした。正直、邪魔でしたので。……安定した今なら他の者たちとも関わっていても大丈夫ですよ」


 本当に、レスディさんは私のことしか考えていなかったんだな。という自惚れにも似た感情は、レオスのどこか思い詰めた表情を思い出すと、喜んでもいられなかった。


「レスディさんと話した内容が朧げなこともあるんです。一度だけ、私が倒れた時がありましたよね? それらも本当は、レスディさんの呪いの効果だったのではないかと思ってしまうんです」


「全て、私の呪いのせいです。貴女の魂の成長を促すため。貴女の失われた記憶を呼び覚まそうと、手を打ちました。が、それもこの理に囚われた私たちでは難しく……。まだ貴女が知るべきではないことは、器に悪影響を及ぼしてしまうようですね」


「……そうなんですね」


「開示と忘却。そんな呪いもあるのです。注意しておいてください。あなたの周りには、様々な呪いを使える者が少なからずいますから」


 呪いってそんなこともできるのかと感心してしまう。大事なことを隠したと思ったら、暴こうとしていたレスディさんの不可解な行動全てが腑に落ちた気がした。

 

 レスディさんから離れていた距離を縮めようと、一歩近づいた。彼は私にどうなって欲しいのだろう。もっと知りたい。その禁断の果実にも似た真実に誘い込まれるようにして、私は手を伸ばした。


「今までの禊には意味がなかったのですか?」


 レスディさんは腕を組んで考えるような素振りをして、数秒間目をつむったあと、一呼吸おいて開く。今話せる内容を取捨選択しているのだろう。

 この世界について知っていること、今頃変えられないこと、彼はその全てを知っていても私に教えることはできないという。神からの思し召しを私に伝えるレスディさんの目は生き生きとしている。きっと呪いとは異なる彼の力がこの神殿での役割に深く関わっているのだと思う。


「少しでも闇に触れてしまった魂を浄化するために禊を行いました。それが、貴女がここにきたひとつの理由。もうひとつの理由は……、準備期間。もちろん、禊もそのうちに入ります。神の子たちがそれぞれ、神の子として開花するため、この世界に順応するようにとこの神殿でそれぞれ過ごしていただきました。今はここまでしかここに滞在して行ってきたことの理由は話せません」


 少し申し訳なさそうに苦笑いをしたレスディさんは、これ以上聞いてくれるなと暗に言っているようだった。

 

 しばらく話し込んでしまった。真上にあった月が木に隠れそうなところまで動いていた。明日も早い。でも、レスディさんの話はもう少し聞いておきたい。この機会はしばらく訪れないだろうから。


 私が、次の言葉を発する前に、会話を続けようとしたのはレスディさんだった。


「殿下が気になることと言えば、それは私が教えようとして、記憶を忘却する呪いをかけてしまった、神の力に関することもですよね? おそらく今一番知りたいのではないでしょうか?」


「私は今、知りたいです。それを知らずに帰られそうにありません」


 そう、神の力について私は何も知らなかったのだ。シェニィアの授業では触れようとしない深いところまで、レスディさんの口から語られるのを待っていた。

 私が無意識のうちに力を使えたのがたまたまだったのか、それともレスディさんの言うように、魂の成長の成果なのか。それすらもわからない。


 そもそも、根本的なことから改めて知っていく必要があるような気がする。だって、神の力と言うけれど、その神って神話とかの神様だけ?


 でも、神話は国によって様々なものがあると聞いたことがある。地域でひとつの共通性を持った神様もいれば、独創性あふれる逸話をもった神様だってあるのだ。


(神話なんて、所詮は()()()()()にすぎないのに……)


 物語なら、出てくるものも神様だけではない。人々によって功績を讃えられた英雄もだ。伝説だってそう。星座になった人間だっているのだから。そこでふと気がついてしまった。そもそも、様々な神話がある以上、そこに出てくる登場人物は千差万別。ならば、神の力の由来となっているのは、神だけではないということ。

 

「ああ、あなた方が教わっていることで、一つだけ注意しておかなければいけないことがあります。神の力を持つ者──といってもその力が、そしてその由来する逸話は、なにも神だけではないのですよ。神話と言っても登場人物は人間もいます。人間から神になった者も、そして人間でありながら英雄と崇められている者も。神の力。神の逸話。神様だけではないのです。これは覚えておいてくださいね」


 私が導き出した仮説はレスディさんによってそれが正解だとわかってしまった。


「いくら神として崇め奉られていたとしても、物語には人間の創造性が付随してしまう。なぜなら、それは人間によって言い伝えられていましたから。それによって力の奥底には元々人間によって創造された名残がどうしても出てきてしまうんです。──もしかしたら、神と融合できなかった人間としての感情がコンプレックスを産んでしまったのかもしれませんね」


 私たちは人間なのに、神の力という大それた能力を持ってしまったから、中途半端な存在であるのだ。レスディさんが言う通り、神話にも人間が関わっている以上、どうしても純粋な神とは言えないのだろう。その複雑性がコンプレックスを産むのだとしたら、人間みの深い神に関わりがあるほどコンプレックスが発現する可能性が高い。ということだろう。


「私、勘違いをしていました。ある日神様から力を授けられたり、啓示を受けるのだとばっかり思っていて。その時に神の力の由来になった逸話とかもわかったら、いいのにって。……でもその力の根源が神様由来だとは限らないってことですよね」


「神託とは、己をうつした鏡にすぎないのです。この言葉をゆめゆめお忘れなきよう」

 

 神に近い人物からその様なことを言われるとは思いもしなかった。

 誰かから助言を受けたとしても、自分の思い当たることしか響かないのと同じなのだろう。神のことばとて変わらない。記憶の奥底で眠っている想いを呼び覚まして再び意識させる。


 レスディさんは最後の言葉を忠告で締めると「戻りましょう」と私を神殿へと手招いた。


「もう夜も深い。不安で眠れないのでしたら、気を休める呪いをかけましょうか?」


「いいんですか?」


「簡単なことです。よい夢が見られますように、と願うだけですから」


 そうレスディさんが言い終わると直ぐに、頭がぼんやりとしてきた。思考が鈍くなっていき、私が部屋に着く頃には心地よいだるさが襲ってきた。


「眠れそうです。送ってくださりありがとうございます」


 この記憶を手放してたまるものかと思いながら、寝台に横になる前に私の意識はぷつりと途絶えた。



 この部屋の主人が眠ったことを確認して、レスディはひと安心した。禊の意味を聞かれたときにぼろが出なかっただけよしとしよう。力を使えるようになっていたため、些細な隠し事をするのにも注意する必要があった。それでも、時が経つのを遅くしてしまいたいと思うほど心地よい時間だった。彼女が居なくなったことを想像すると酷く悲しくなってしまう。明日にはもう手元から離れて、次に出会う時の彼女はどのような変化を遂げているのだろう。神の子にとっての青年期までの成長は目まぐるしい速さだ。

 

 そばに居られない悔しさ。成長を見守れない心苦しさ。盃を満たそうとしている者たちへの憎悪と嫉妬心。そんな思いがレスディの枷を緩ませた。──ぷつり、何かが壊れ崩壊していく。


「エレーヌ殿下、貴女は王になるべきお方。私がこの神から授けられた役目を破棄してしまいたい衝動に駆られてしまうほどに、貴女の魂は心惹かれるものがあるのですよ。これからも美しく気高く開花していくことでしょう。私がそれが楽しみで愉しみで……!」


 己の呪いで起きないとわかっている彼女を抱きしめて、彼の抑えきれなくなったホンモノの想いを、眠れるエスティアにぶつける。


 彼女を王として奉り、この世界を完成させる。彼のこの願いは幾度となく繰り返した物語の中で変わることはなかった。だから、彼女と最も接近したときが、好機。彼の願望を叶えるため、魂の奥深くに刻みつける。そう、禊の時間をたっぷり使い、レスディの煮詰めた感情を注ぎ込んだのだ。──盃を満たすため。


「このまま、解かなければ私の腕の中で護りつづけられるのに。太陽がのぼらなければ私たちは……。私は、貴女に鍵を渡すことしかできないのが悔しい」


 すうすうと眠る、エスティアの頬を撫でて、名残惜しさに後ろ髪を引かれつつも、レスディは部屋を後にした。夜に勝てるほど、彼の力は残っていなかった。

 

 残酷にも朝は万人に訪れる。




 ついにきてしまった。さよならの日。私とこの物語との闘いが正式に始まる日。弱い私はここに置いていこう。


「エレーヌ、あいつなんてほっといていいから、早く帰ろう」

 

 私の手を引いてレスディさんに近づけようともしないレオスを説得して、挨拶をするためレスディさんの元へと駆けて行く。


「また、再び会いましょう。必ず」


 この言葉さえ、何か呪いをかけられているかのようだ。握られた両手からレスディさんの想いを受け取った。

 

 私は、強くならなくてはいけない。これからの未来を変えて、この世界を破滅させないため。その決意を忘れないように力強く頷いて返答した。


「はい、わかりました」


「エレーヌ殿下なら大丈夫でしょう。また、きっと会える日がきます」


「エレーヌ行こう。天候が変わらないうちに、ほら」

 

 我慢ならないといったレオスに引き剥がされた形で、私たちのここでの生活は終わりを告げたのだった。




「貴女の魂は誰のものにもならない。そうでしょう?……私のエスティア」
















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