運命の誕生のしらせ
『世界の運命はエレーヌ殿下にかかっていると言っても過言ではありません』
レスディさんから言われた言葉が何度も頭の中で駆け巡る。これを言われた時、他に何を教えてもらったのか記憶が曖昧なのが少し悔しい。
「どうしてこうも大事なところの記憶が曖昧になってしまっているんだろう。これも忘却の作用だというのかな」
何か重要なことを知っている人々が皆、全てを教えてくれるわけでもなく、かと言って自分には大した策もないため、行き当たりばったりな行動が続いていた。
「一度、この状況をまとめなきゃ。とは言っても原作の知識も消えてきている気がするんだよな」
オルフェさんやシェニィアから教えられていたことも併せて考えてみる。
破滅を防ぐためにしなければいけないことが、エピソードの克服。そして、コンプレックスの克服も追加された。さらに私のエピソードは既に破綻しているときた。発現するための条件が出揃わない今、何かでそれを補う必要がある。
まるで、穴の空いた衣類を補修するように──。幾つもの絡まった糸を解いて、そして、それから……。
「ああ、だめだ。そもそもエピソードって何? 複雑のエピソード絡まっているって言われたけれど、それって複数の神が私に関わりがあるってこと……? 神様がわかればいいけれど……。それってエピソードが発現しないとわからなくない?」
私たち神の力を持つものは、その力に由来する神について最初からわかっているわけではないという。生まれた時から当たり前のように知っている者もいれば、ある日啓示を受ける者、エピソードが発現したことで導き出す者と、千差万別だ。
エレーヌがどの神様の力を持っているのか原作では描かれていなかった。そして、彼女の記憶の一部が何者かによって隠されている以上、生まれた時からわかっていたのか、これから知ることになるのか。そもそも、複数の神が関わり合っているならば、どの神様のエピソードなのか特定するのも難しいだろう。でも、王宮に戻ったら調べよう。できることならなんでもする。だって時間が足りないのだから。
「私のことを一番知っているのは誰? そして教えてくれそうなのは?」
レスディさんは知っているけれど、教えてくれない。シェニィアはそもそも教えてくれないだろう。残るはオルフェさんだ。レスディさん曰く、彼は真実に近づいてしまうほどプシュケーが蝕まれてしまうらしいけれど、それも含めて気になってしまう。一時会えなかったのもそのせいなのかと思うようになってきた。もしかして、私が知れば知るほど彼にとって悪影響なのかもしれない。
オルフェさんの宿命を無視して真相を知ろうとするほど残酷な人間ではなかったはずなのに。自分のことを知りたい気持ちとこの物語を守りたい気持ちをかけた天秤がぐらぐらとどっちつかずの傾きを見せている。
「どうしても、オルフェさんについて知りたい。彼が私を知る手がかりになるのだと、確信している自分がどこかにいるのだもの」
複雑に絡み合った幾つもの糸があらぬ方向へどんどんからまり、結の目を創り出していくのが手に取るようにわかる。
私が予想だにしない事象にぶつかり、疑問は増えていくばかりで──。
「最初から戻って考えなければいけないかもしれない。……オルフェさんについてもきっと何か見落としている」
確実にこのままでは駄目だとわかっている。オルフェさんが何者なのか。アポスフィスムの特性についても、ここへ来るまで深く知ろうとしなかった私が悪い。とにかく、彼について理解することが私について知ることのヒントになる。そう確信した。
「誰かを直ぐに頼ってしまうのはいけないけれど……。戻ったらオルフェさんに会いに行こう。きっと彼が何か大切なことを教えてくれるはず。記憶の箱を開けてくれたのだって……。それに、レスディさんが言っていたことも気になる」
真実を知ることによって残酷な事実を突きつけられるとは思いもしなかった。
そうこう悩んでいるうちに季節は巡り、ある日、アーティ叔母様から書簡が届いた。
ここでの暮らしは私に安らぎと、これからの対策を考える時間を与えてくれていた。時を忘れるくらいに。
「……ついにこの時が」
いよいよ原作がスタートするのが目の前に迫ってきた。ためらってはいられない。震えそうになる手を抑えて、私宛の書簡を開いた。
書かれていた内容は二つ。まずは、エディ兄様の状態が回復してきていること。これには心底ホッとした。早く兄様に会いたい。その思いがますます強くなる。そのためには、私の力を強くするためにエピソードとコンプレックス克服のためのヒントをある程度見つけておかなくてはいけない。そうしたら、原作のように、エディ兄様が戦場に行く必要も何もかもなくなるのかもしれない。
ミィアス国の、さらにはこの世界の運命がかかっているのだ。それに、コンプレックスの克服についてレスディさんに教えてもらってから以降、気になって仕方がないのだ。
「私のコンプレックスは一体なにに対するモノだろう? そして、欠けたエピソードって」
エピソードの克服は神の力を強くし、コンプレックスの克服はプシュケーをより強固なものにする。両方の克服によって強大な神の力とプシュケーを手に入れられたのなら、この先も変えられるのではないだろうか。そんな淡い期待を持ちつつも、まずは欠けたエピソードについて知る方法を日々探っていた。
「原作で読んでた範囲では、どんな力を持っているのかはまだ描かれていなかった。それに、条件が揃うことのないエピソードとコンプレックスについても。私は何もかも知らないまま」
レオスに何か聞こうにも、レオス自身も悩んでいることがあるため、ひとりで考える時間が必要らしく、しばらく会えていない。私に相談してくれないのは寂しい。カインに聞いてみても、カインもレオスに会ったとしてもあまり深く聞くことができないそうだ。カインもレオスが部屋に篭ってばかりだと心配していた。
ここは思い切って全てを知っていそうなレスディさんに聞いてみた方がいいかとも考えたが、レスディさんは答えてくれそうにもない。
「そもそもレスディさんにはプシュケノアとしての役割があるのに、私に構ってはいられないはず」
答えてくれるのかはさておき、アーティ叔母様にも、何か手がかりがないか聞いてみることにした。返信として、レスディさんから聞いたことを掻い摘んで書いてみることにした。
書かれていたもう一つの内容は、この時期からして書いてあることは予想ができていた。ユディについてだ。
原作『オルフェリアの希望』 の主人公が生まれるのは原作で描かれている物語の開始から逆算するとこのくらいの時期のはず。手紙には 『王家の近しい血筋から、強大な神の力を持つ子が生まれた。 その子を今後のためにも養子にする。 アーティ叔母様の子どもとして私たちが育てる 』という内容だった。
ユディはアーティ叔母様の子どもだと思っていたけれど、本当は養子だったなんて。初めて知った情報。これは原作でも描かれていなかった。もしかしたら、原作『オルフェリアの希望』の主人公であるユディも知らないのかもしれない。
「私が読んだ第一巻や記憶には残っていない、まだ思い出していない散りばめられた伏線があるんだ……。わかっていないことも沢山。はやく回収しないと」
──私たちに知らされていない事実、原作で描かれていない事柄が、思いのほかあるのではないかと思い始めた。
それに、原作で性別を偽っていたユディは、まだ性別を隠されていないように思える。いつからなのだろう。ユディは国の危機をから逃れるために、最初から性別を隠されて育てられたと思っていたのだけれど。
おちおちしてはいられない。主人公が誕生して、私たちと一緒に暮らすことになったということ。それは、原作があと数年ではじまることを意味している。こんなにも原作開始時間は刻一刻と迫っているのに、まだエピソードも発現していない自分にヤキモキした。
私が読んだ──というか読むことができた原作『オルフェリアの希望』の第一巻目と記憶だけで分かっていることは、『 ユディはアーティ叔母様の子どもとして性別を偽って育てられた 』ということ。
「しかも原作のスタートは、たしかユディが五歳の頃で……。今はまだみんな生きている。なんとしてでも間に合わせないと」
でも、レスディさんから赤子を神殿に捧げる事があるということを聞いたためか、どうもそれと関連があるのではないかと邪推してしまう。ユディがアーティ叔母様の実の子ではないと、確実に知ったからなのか、もしかしたらと思ってしまう。
──もしかしてユディが捧げられた子で、偽りの性別を与えられたのは、このせいではないだろうか、と。
「全てを知り得る人は誰だろう 」
原作がはじまるまでの空白の五年間、私はどう行動したら、この世界の破滅を防ぐことができるだろうか?
悩みは尽きることはなかった。なのに、ついに来てしまった。──帰る時が。




