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ふたつ





 胸のあたりがざわざわして、何か良くないことが起こる前兆のように感じたので部屋を飛び出した。


「エレーヌが僕以外の人間といると思うといらいらする。……いっそのこと二人だけの世界に行けたらいいのに」


 ここに連れられてきてからか、エレーヌを独り占めしたいという思いは段々と大きくなっていく。ちょうど王宮へ戻った時、僕は僕の力に由来する神から啓示を受けた。それによってエピソード通りに進んでいることが手にとるようにわかる。僕の力も確実に強くなっていた。それにつれて、エレーヌが誰とどこにいるのか感じ取れるようになっていた。


 僕はエレーヌがレスディといる海へと急いだ。このモヤモヤもきっと、エレーヌに関すること。エレーヌが闇に侵食されようとしているわけではないが、二人きりにしておきたくない人物といる。今はちょうどレスディと禊の時間帯だ。あいつから何か良くないことを吹きこまれてしまうと考えて、嫌な気持ちが僕の足を急かした。


 レスディはエレーヌをさらっていきそうで、怖い。まるで、波だ。そう、砂をさらっていく波のようで油断ならない。


「エレーヌを護らなきゃ。変に思い出したら大変なことになる。今のエレーヌはあの事を思い出したらダメだ! 王宮のみんなが今はその時じゃないって言っていたのに」



『破滅も消滅も。それは神からの使命でもあり宿命。この繰り返す運命を変えるのはエレーヌ殿下なのです 』


 この間のレスディの言葉が妙に引っかかって離れない。エレーヌが何か運命を背負っているのなら、それを半分にわけて一緒に背負うのが双子としての役目だろう。


「見つけた」


 エレーヌの禊のために少しおろした髪が風で揺れている。波が少ない海が鏡のようになっているおかげか、エレーヌの姿が空の青と一緒に映し出されている。僕と同じ髪がきらきらひらりと輝いているのがよく見える。


「あいつ……。僕たちがもうすぐで帰るからって急に行動に移すなんて! まだその時じゃないって言ったのはどいつだよ」



 エレーヌの手がレスディに掴まれていたのが気に食わなくて、二人がいるその場所に急ぎ足で向かう。気がつくと、エレーヌに触れているレスディの手を咄嗟に叩き落としていた。

 

 僕に気がついたエレーヌがぎょっとして、こっちを見てくれた。やっと僕を見てくれた。

 

「レオス! 禊の時は来ちゃダメって最初に言われていたのにどうして来たの? 」


 乱暴なことをしたから、エレーヌが驚いて、僕を叱る。でも、これが正解だと僕は確信していた。


「やな予感がした。 ただそれだけ……。 ダメだった?」


 少しだけ落ち込んでみせると、強く僕を叱れないエレーヌは、仕方ないと言う表情をして釣り上げた眉を下げた。

 僕はこれ以上怒られないことに安心して、今のエレーヌに悪影響である、レスディを睨みつけた。


 レスディにとっては今が絶好のチャンスなのだろう。でも、好きにさせない。僕がエレーヌに近づいても叱らないと言うことは、ここ最近の僕のこともおおかたエレーヌに話したのだろう。



 レスディの部屋を訪ねたあの日から散々考えた。レスディには僕たちのエピソードの発現を誘発する役目があのだと予想していた。


 僕とエレーヌのエピソードが絡み合っている。これは自分のエピソードが啓示されるたびに、僕のエピソードたちに何か関係があるのだろうと薄々感じとっていた。おそらく僕らの神の力に由来するのが双子神だから、レスディは仕切りに僕らが双子であることを強調しているのだろう。まだ僕がわかってるいることは少なくて確証を得られないけれど、エレーヌも思い出せば、力を取り戻すことができるから。克服するための大きな一歩になる。


 レスディはプシュケノアとして、場合によってはプシュケーごと、どうにか出来る力を持っている。あいつは思いつきで行動をしない。カインを連れて来たのも、きっと何か意味がある。



「レスディに気をつけてください。エレーヌ殿下にとっては、ソレは今ではないのです」


 僕が王宮へ帰った時に、シェニィアに言われたことを思い出す。なぜあいつが、ここまでレスディを警戒しなければいけないのか詳しくはわからないけれど。研究室の騒がしさも、人の出入りも増えていた。きっと僕らには知らされていないだけで、大人たちはそれぞれ秘密裏に動いているのだろう。




 僕に叩かれた手を見つめたままのレスディにエレーヌが声をかける。大丈夫だよ。レスディは僕らが揃うのを望んでいたんだ。だから、あいつに咎められることは何もない。むしろあいつの思い通りにことは進んでいるのだ。レスディの方をちらりと盗み見る。


「……レスディさん?」


「これもいい機会です。お二人にお話ししましょう……」



 ほらね、やっぱり、僕たち二人が揃うことを待っていたかのように、ゆらりとわざわざ太陽から陰になるところに僕らを連れて行き、話をはじめた。


「 神殿には時々、祭壇に赤子を置き去りにされることが稀にあるのです。産まれた赤子の強大な力に慄いたためか、赤子をミィアスの神に捧げるために」


 ──まるで、生贄のように……


 レスディの話の続きの言葉が連想できた時、僕はドキリとした。全身の血がどくりどくりと波打つ。決してこれは他人事とは思えなかった。レスディは僕を見ていた。目の前のこいつの顔が愉悦に歪むのを見逃さなかった。


 (僕の出自に関わることを言っているのか──? エレーヌの前で、今、どうして。僕は生贄なんかじゃない。僕とエレーヌは生まれる前から一緒だったんだ……!)


 もしかして。僕は──。


 その先は考えるのも恐ろしくなって、レスディを問い詰める言葉も出てこない。今、真実を知ってしまったら、何かが壊れてしまうような気がした。


「……そんなはずない。僕はいままでもこれからもエレーヌと双子でいなくてはいけない」


 異変をエレーヌに気づかれないように、僕に言い聞かせるように、小さく呪いをつぶやいた。


 そんな僕を嘲笑うように、今までの不可解な出来事がふわりと浮かんでくる。エレーヌが目を覚さなくなってから以前の記憶がひどく朧げなのだ。僕は誰から産まれたの。母様の顔も思い出せない。自分の生まれに何か違和感を感じはじめた。こんなこと一度もなかった。これも、レスディのせいだ。


 でもエレーヌと産まれる前から繋がっていたのはわかる。そう、僕らのプシュケーが同じということは自信を持って証明できる。


 レスディだって言っていたじゃないか!


「エピソードが絡まって複雑になっている」 と、「そしてそれが互いに作用しあう」 とも。エピソードの克服や達成、コンプレックスの克服にはエレーヌと僕の互いの作用が必要なのだろう。僕らが双子だがら。わかりきっていることだろう。


(ああ、やっぱり僕たちははんぶん。はんぶんであることをもとから運命づけられたのだ! この世界に! この世界のために……!)


 それを僕らに気づかせるための、これはレスディによる仕組まれた授業(ひと芝居)


 もし、僕らの力の源が双子神であることを確信づけたかったのだとしたら、レスディはなぜ僕らの生まれに懐疑の念を抱かせるようなことを言うのだろう。


 僕がはんぶんと似ていることは髪の色だけ。眼の色は正反対。まるで太陽と月みたいだ。力もきっと異なるだろう。


(もしも、僕らが創られたモノだとしたら……)


 僕が思っていることにエレーヌは気づいてくれない。気がつかなくていい。エレーヌにはそのままでいてほしい。これ以上なにも思い出さないで。お願いだから、僕のはんぶんのままでいて。




 話し終えたレスディは僕の表情を見てニヤリと笑った。僕の不安を察知したのだろう、「またお話ししましょうね 」 とか、独り言を言いながら去っていく。

 当分、あいつの仮面は外せそうにない。いいんだ。あいつの闇に触れるとロクなことは起きない。──なんてそんなことは体験済みなのだから。



「ね、エレーヌ。今日は何も言われなかったんだ。久しぶりにゆっくりはなさない? 」


 いつか、この時間も僕の両手からこぼれ落ちてしまうであろう予感を無理やり押しとどめて、僕のはんぶんであるエレーヌに話しかけた。しっかりと目に焼きつける。


 遠くで真実が僕に手招いているのが見えた。これからも、僕は僕でいられるだろうか。

 僕が僕であり続ければ、エレーヌのエピソードが発現したときも、エレーヌのコンプレックスが何かわかってしまっても、僕たちは運命をわけあえる。


「僕らはずっといっしょだよね。エレーヌ?」


「レオス、急にどうしたの?」


「なんでもない。……時間が経つのが嫌なだけ」


 エレーヌに隠し事をした。月日が経つごとに秘密が増えていってしまうのが、なんだか後ろめたくなってしまって、それ以上話せなかった。



 僕は永遠に離れ離れになってしまうことに慣れていないから。






 誰かが、僕らを遠くから監視しているのは、わからないふりをした。


「彼ら少年たちは無意識のうちなのでしょうが……。皆、私のエスティアを己のプシュケーで満たそうとしている……。君が真実を受け入れた時。ある物語が始まることになるでしょう 」





















第三章が終わりました。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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