あの子は誰
オレがレスディさんから連れてこられたこの場所で、最初に会ったのはレオスだった。本名はアストレオスと言うらしい。今はレオスと呼ばせてもらっているけれど、オレの誰かに聞かれたら不敬だと言われてしまいそう。レオスとは、あの日、夜中に神殿に着いた時にたまたま廊下で出会った。月光に反射する髪色はわかりやすくて、オレの視線に気がついたレスディさんが彼を呼び止めたのがはじめての出会い。
「アストレオス殿下、一体こんな夜更けにどちらへ?」
オレと同い年くらいのレオスは、レスディさんから、夜遅く外に出ることに対して注意を受けた。それもそうだろう。記憶がかろうじて残っているオレでもわかる。夜目がきくとは言ってもオレたち子どもは夜にひとりで出歩くのは禁止されていた。なぜなら、冥界の神へと誘われてしまうからだ。幼い頃から何度も注意されてきたことだった。
「用事があるんだ。大丈夫。ここから無断で居なくなったりはしない」
「ですが、こんな遅い時間に……」
「時間なんて僕たちに関係ないだろう?」
彼なりの外へ行く理由があるらしく、結局のところレスディさんが折れて黙ってしまった。何も言えないでいる間に彼は、レスディさんとオレの横をすり抜けて階段を登っていこうとして、彼はオレに気がついたのか、オレを視界に入れて、ギョッと驚いていた。
彼がなぜそんな反応をしたのか、後々判明する。その真実に、オレが彼の数倍も驚いて笑われるのはそれはまた別のお話で。
レオスは注意を受けたことが気に入らないのか、外に出るのが見つかってしまったのが不服なのか、不貞腐れた表情をしていた。オレは、レスディさんの背後から、おずおずと彼を観察した。そんなオレをレオスの前に出すように誘導して、レスディさんはオレたちを引き合わせた。
「ちょうどいい出会いですね。アストレオス殿下、彼はカインという名前です。今日からここの住人ですよ。カイン君、目の前におわしますのは、アストレオス殿下。ミィアス国という国の王子様です」
とレスディさんからレオスを紹介された。
「堅苦しいのはやめて、レオスでいい。よろしく」
そう言って、早々に挨拶を済ませた彼はすぐにそっぽを向いて、薄暗い廊下で月明かりだけを頼りに外に出ていった。よほど急ぐ用事があるらしい。彼はあまり、他人のことについては興味を持たない性格なのかもしれない。レスディさんも仕方なく、彼が夜中に出歩くのを許可していた。
レオスはまるで、月夜に呼ばれているかのようだった。こんな時間にどこを歩いているのか、不思議な人物。それが第一印象だった。この出会いが、何年経ってもレオスとの印象深い思い出のひとつ目になるとは思わなかった。
その日は満月だったからだろうか、月夜に出会ったオレを見つめる少年の眼は、静かなる海にうつる月のようだったと印象に残っている。
次にレスディさんからノータナーさんという方を紹介をされた。彼はエレーヌというミィアス国の王女の守護者だと言う。ノータナーさんはオレとそんなに歳が離れていないはずなのに、身長が高くてオレを見下げるその視線に圧倒されてしまった。そして、後になって彼が異国の出身であることを知った。
エレーヌの守護者だからなのだろうか、彼女の前でのノータナーさんは表情が柔らかくなっているような気がする。彼女とそれ以外の人間との扱いが違うということが、なんとなくわかる。本人は他人に悟られまいと気をつけているようだけど……。
(言わないでおこう)
先に会ったのが、少しイラついていたレオスだったせいもあったから、いざエレーヌという王女サマを紹介されるされるとなった時に、王族だからあまり下手に関わらない方がいいかもしれないと思った。だから、オレは深入りさせないように壁をつくり、あまり彼女の印象に残らないなように心がけた。そもそも出自がわからないオレなんかが一国の王族と関わるのも、なにかあって巻き込まれるのはごめんだった。レオスと同じく一言だけ挨拶して、オレはわざと距離をとった。
でもエレーヌは、オレと仲良くなろうと、見かけるたびに話しかけてくれて、たわいもない話をしたり、外に散歩へ行こうかと誘ってくる。逆に深入りさせないようにしたオレが、エレーヌの好奇心を刺激してしまったようだった。
「カインくん、今日はいい天気だから散歩いかない?」
「ねえ、あまり神殿から離れられないとレスディさんから聞いているんだけど」
「あー、でも神威な空気が漂う所なら大丈夫だよ」 なにやら最もらしい、咄嗟に考えた言い訳をつくる。彼女はオレと散歩へでて会話することを好んだ。そう、最初はエレーヌからオレに寄ってきたのだ。距離を置こうにもオレだって絆されてしまう。
そしてエレーヌはレオスやノータナーとも仲良くして欲しいとオレに頼んできた。レスディさんもその方が記憶を戻すための良い刺激になると言う。だから、彼らとも積極的に関わりを持つようにした。特にレスディさんからは歳の近いレオスと仲を深めるように。といわれた。そのことをレオスに言ったら眉をひそめられた。何か考えがあるのだろうか?
「は? だから僕と仲良くするってわけ? レスディの言うこと聞いているだけだ」
「いや、まあそうなんだけど」
「別にいいけど。エレーヌに付いて回られるより。邪魔がまた増えるなんて嫌だし」
レオスはエレーヌと自分よりも関わるオレに対して嫉妬心をむき出しにしていた。似たような性格をしているオレらは衝突しやすく、最初の頃は取っ組み合いの喧嘩をした。当然、レスディさんとエレーヌから怒られた。口喧嘩も禁止されているから、鍛錬だと言って、ヘトヘトになるまで剣を振るった。それがきっかけで、オレは剣を使える事がわかった。喧嘩をしつつそれでも、レオスのことは嫌いにはなれなかった。段々と交流を深めるうちに、レオスにはオレと似たようなモノを抱えているようなことさえ感じたからだ。同族嫌悪、もしくはエレーヌと長い時間過ごせることの嫉妬だろうか。歳も同じくらいのオレたちは少しずつ距離を深めていった。
ノータナーさんは明らかに歳上ということもあり、恐縮してしまう。エレーヌ曰くこれでも表情や感情が動くようになってきたらしい。確かに、階段でたまたま出会い、話題に困ったときは話を振ってくれる。が、段違いなのだ。エレーヌと久しぶりに会った時にはまるで、人が変わったかのようだった。それに二人とも気がついていないからさらに驚く。二人は ≪血の契約≫ というミィアス国の契約を結んでいるらしい。その証であるノータナーさんの首元に煌めく玉は、エレーヌの眼と同じ色をしていて、少し羨ましいと感じてしまった。なぜだかはわからない。その契約が、寡黙に見えるノータナーさんを変えさせているのか、はたまたエレーヌ自身の性格でノータナーさんを変えたのか。もしかしたら後者かもしれない。エレーヌは太陽のようだから。
ある日のこと、エレーヌと庭を散歩して、何の気なしにエレーヌたちがここに滞在している理由を聞いてみた。でも、オレは途端に後悔した。いつもの太陽のようなエレーヌの表情が曇ったからだ。レスディさんからは何も聞いてはいない。本人に聞くべきではなかったのだろう。
「王宮にいるエディ兄様のためにいるんだよ 」
エレーヌはいつもと変わらない口調で、悲しい表情を見せまいとしているけれど、兄弟がいるオレも辛いことはわかってしまう。
──兄弟? 確かオレには弟がいて……。
エレーヌが兄のことを思って悲痛な顔をするように、何かが、とても大切な何かがオレの記憶から抜け落ちてしまっているとわかった。わかってしまった。
まだ全ては思い出せないけれど、オレの弟はオレにとってとても大切な存在だったように思う。でも、なぜ兄弟と聞いて悲しくて苦しくなってしまうのか、今は思い出せそうになかった。




