少年について -レスディによる考察-
明るいヘーゼルベージュをした髪は肩につかない長さで綺麗に切り揃えられている。前髪は片目をうっすら被うように右に寄せてられており、何ものからも隠されていないハッキリと見える左目はグレーに近い色をしていた。彼がもつ身体的特徴は、ここら辺の地域の出身ではありない色をしている。
今回、彼を助けた村のものたちが、彼を『不思議な少年』と評していたその直感は正しい。
ぼろぼろな姿でこの村に流れ着いたと言われる位であるから、この国境の川の上流の地域の出自だろう。
となると──。あらかた予想はつく。彼は秘匿の国の出身。秘匿とレスディが勝手に名前をつけて密かに呼んでいるが、それは国名が隠されていて、わからないからだ。
その国の人間は記録を残さない。諸外国との関わりも皆無に等しい。その上、自国の文化や人間を外に出す事は禁止していた。国の歴史から何から何まで隠している。その国の人間しか、知らないことが沢山ある。神秘的な国。
──いや、そこで生まれ育った人間も外を知らずに暮らしているためそれが当たり前だと思っているのだろう。何を隠しているのかもわからずに生活しているに違いない。
レスディは繰り返し生きるうちに、些細なことからその隠されている国の存在を知ったが、普通の人間は知らない。レスディ自体もその国民に直接会ったのは今回がはじめてだった。
だからこそ、この貴重な出逢いは無駄にはできない。
出自、身分、そして姿も不思議な少年。名前も知らない、彼がこの物語に一石を投じる役割を成すだろう。
この隠された国の人間をレスディは探していた。なぜなら、その国の人々はこの世界の人間とは大きく異なる特徴を持っていた。それは──、
彼らは、異なる神の逸話を持って産まれ落ちている。
その文化的特徴にレスディは注目していた。
異なる神と言っても、この世界で認識されている神とは文化、歴史的背景、信仰が全て違う神を意味している。
そもそも、この世界で神の力を持つ者は、産まれながらにその力の由来する神の逸話によって、その者の運命はあらかじめ決められている。神の逸話通りに生きることをエピソードと言い、プシュケーは自然と神のエピソードをなぞるように器を行動させる。その神の持つすべての逸話を発動させることを達成といい、エピソードの達成に向けて発動させる事を無意識のまま行動してしまうことを完成へ歩むと形容している。
そうした己の持つ力の神の成し遂げた事。いわゆるエピソードを達成させ、困難に打ち勝つ事を克服。と昔の人間は名付けた。
このエピソードと呼ばれるものは少々厄介で、ひとつのエピソードに複数の神々が関与している場合には、その力の強さやエピソードの達成条件がより多く満たしている方に優先されてしまう。
力の由来する神が複数の逸話を持つ場合は、器と血が置かれている状況に近いエピソードに引っ張られる。
また、複雑に絡まっているエピソードの優先順位はその者の状況によって左右されていることが近年の研究によって段々と判明してきたところだ。
そして、エピソードより知っている者は少ないが、コンプレックスという、負のエピソードとも呼ばれるモノをプシュケーに抱えて産まれてくる者もいる。
少なくとも、ミィアス国の人間たちは負と表現することを良しとしない。これが負と呼ばれていることにもれっきとした理由があるのだが──詳細は後述する──、ミィアス国の研究者たちは、複合したエピソードが器に悪さをしている。と結論づけている。この入り組んだエピソードたちを克服することの方を重要視するあまり、悪い側面を無視しているとも取れる立場は、恐らく王族がコンプレックスを持ち生まれてくることが多く、それを克服するために重大な犠牲を払っているから、国民にその犠牲が露呈した時の批判を恐れているのだとレスディは考えている。
──だから、幼い次世代の神の子たちは、その存在を意図的に隠されているのだろう。
負と呼ばれていることにはちゃんとした理由があった。
神のエピソードには悪い側面──負の部分を持っており、それがプシュケーの成長やエピソードの条件達成率によって、複雑化していくのだ。
そして、コレを持つものは必ず、エピソードが完成した際に、一度プシュケーと器がコンプレックスに飲み込まれてしまう。この飲み込まれた人間たちが現世に戻ってくることが出来るのは全体三分の一にも満たない。
それに耐え、打ち勝つと、真の力が手に入るとされる。これちらもエピソードと同じように、コンプレックスの克服。と呼ばれるが、レスディが今まで見てきた人間でそれを成し遂げた者は居ない。
だから、毎回この世界は破滅してしまうのだ。
今回、異なる神の逸話を持つ、秘匿の国出身のこの子との巡り合わせは、もしかしたら、ミィアス国の次世代の神の子たちが負のエピソードを克服するための手助けになるかもしれない。と、この世界の運命を左右する手がかりを見つけたレスディは内心舞い上がっていた。
(ついつい、ひとりでこうやって、彼に何をどう話すべきか悩んでしまいましたが……)
ちらりと、レスディは異国の少年を盗み見た。
まあ、ここまで長々と説明してきたことを理解するのは少々困難で、まだ研究途中の事象もある。だから、秘匿の国の少年にこれらを今説明したところで、更なる混乱を生むことだろう。
まずは、彼が言語を理解するものなのか、レスディは彼の名前をこの世界に広く話されている共通語で質問してみることにした。
「……君の名前は、なんと言うのでしょうか? この言葉が伝わらないのなら、君の国の近くで広く知られている言葉で話しますよ? 」
「カイン……。です」
とスラスラと共通言語で名乗った目の前の少年は、この世界では聞いたこともない名前をしていた。名は少なからず、その生まれ持った文化的背景を表す手掛かりになるだろうが、彼がもつモノはなにもわからなかった。
この名前が、示すように彼はこの世界、ひいてはミィアス国の大概の神の力を持つ者たちの由来する神とは異なるであろう異なる神の逸話を持ち、そしてコンプレックスをそのプシュケーに抱いた漂流者だ。
いい研究対象になる。
(ミィアス国王に相談せねばならない……か)
「よかった。この言葉が伝わって。……カイン君。 私はレスディと申します。よろしくお願いしますね 」
警戒しているのだろう。それもそうだ。助けられたのはいいものの、格好も異なることから、今までに部外者や不思議な者と思われて警戒されてきたのだろう。更に今日はじめて出会った何ものかもわからない者に引き取られるときた。さして抵抗も拒否もしないあたり、それをも無駄だと思っているのか。彼は言われるがまま、私に引き取られることになった。
「カイン君、君はどこから来たのか、何故ぼろぼろになった姿で川で発見された理由はわかりますか? 」
「オレは何処から来たのかわからない。 気がついたら知らない村に居て、看病してもらっていた……。いました 」
エピソードが崩れ混乱に陥った際、プシュケーが力に飲み込まれてしまうと器が耐えきれなくなり暴走してしまう事がある。また、神の力を酷使した時に神の力に飲み込まれ呪いが発生してしまうこと等、神の力を持つ者が記憶を失うことは珍しいことではない。もしかしたら、彼もそのひとりかもしれない。
「そうですか……。 きっと一時的に一部の記憶を失ってしまっているんですね。でもきっと大丈夫です。少しずつ思い出していきましょうね。……では、ご家族の事は?」
そうすると彼は頭の痛みに顔をしかめて、思い出す事を躊躇うかのように、話してくれた。
「父と母、それから……っ、弟がいました 」
『いました』と過去形を使っているあたり現在はこの世に居ない可能性がある。この記憶だけ覚えているのには、何か刺激的な出来事があったのだろう。今この子の記憶を刺激しても何も徳は得られないと、深掘りはせずに話題を変えた。好きなこと、好きな色、好きな食べ物──。
それから彼とは、神殿までの道すがら、今の彼から聞き出せるだけ話し続けてみた。
さぞ、うんざりしたことだろう。
「もう少しで神殿ですよ」
とレスディが言うと、彼は質問攻めに終止符が打たれることにホッとしたのか、ため息をひとつついた。




