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プシュケノアとして





 

 世間一般に広く知られている私の役目は、神より与えられし力を使い、アポスフィスムたちのプシュケーを導くこと。


 その認識に誤りはないが、言葉で単純に表されているよりもはるかにその役目は残酷である。

 先祖返りで神の力が他の者より強いとされるアポスフィスムは、呪いを発動する確率が高いことから、恐れられ迫害や差別を受けることが多い。そんな彼らが呪いを発動する寸前、もしくは呪いに一番近い状態で、彼らのプシュケーを器から離してしまう。その行為は『アポスフィスム性をなくす』と表現されている。それが神から与えられた役割。私がこの世界に存在する意味だった。


 だが、アポスフィスムは一括りにできない事情がある。そして、この神殿に集まった彼らに(救い)をもたらすのが私のもうひとつの役割だった。


 ──呪いに蝕まれたアポスフィスムに施す、プシュケーの導き。それは、すなわちその者の死を意味する。

 呪いから救い出すという言葉こそはいいが、いっときの安らぎであって、一度プシュケーと器を分離させてしまえば、その後のその者の人としての生は長くは残っていない。



 その一方で、ある理由から神殿には来れない者たちも沢山いる。農村で生まれ育った場合、その者がアポスフィスムだと認識されない地域もある。だから、定期的に彼らを見つけ救い出すために神殿を留守にして旅に出る。私にとってそれは思いもしない出会いや発見をもたらしてくれるのだ。


 神殿に来ることができない者たちを救う──そう聞こえがいいが、旅に出るもう一つの理由があった。

 それは、暗い海を見るのにもいい加減、疲れてしまっていたからだった。いつからか、波の音がアポスフィスムの最期の嘆きのように聞こえてくるようになってしまった。もうとっくにその光景にも見慣れてしまったけれど。

 神殿のそばにある暗くて深い海をずっと眺めていると、途端にその海へと全てを投げだしたい衝動に駆られてしまう。黒い海の崖の上にぽつんとそびえるあまりにも白すぎる神殿。凍えるような潮風が、私を誘うように、部屋の窓をカタカタと揺らすから、そのうち私の器もプシュケーも全て海に囚われてしまうのではないだろうか。そんな不安が頭をよぎるようになっていた。 

  一人でこの場所にいて役割を淡々とこなすうちに、いつしかそう思うようになってしまった。要するに、あたりを海と木々に囲まれた神殿で、アポスフィスムを葬るだけという、永遠の孤独が怖かったのだろう。自分自身も壊れかけだった。救いを求めていた。



 そんな時、私は澄んだ琥珀色の二つの眼を持つ、ある少女に出会った。

 この役割を続けて何年かたった時だろうか、過酷な神からの役割をただただこなすうちに、いつの間にか色が消えていた私の目の前に、ぱっと太陽の光が差し込んだように感じた。


 その少女は、己の運命を知ってか知らずが、私について回ってはどんどん知識を吸収していった。そばに人が居ないことが当たり前の私にとって、いつもそばにいる少女に対しては不思議と嫌悪感を抱くことはなく、邪魔にはならなかった。この神から与えられた役割で私自身壊れてしまいそうになっていた時、彼女の笑顔が、存在が救ってくれた。彼女と過ごす時間が何よりも幸せで暖かく美しい日々だった。


( もっと、彼女と一緒にいられたらどんな素敵な色を見せてくれるのだろうか? )  

 

 ある日、目について読んだ古代の文献によると、プシュケノアは一人だけ神以外の主人を持つことができるという。神の子に仕えるプシュケノアは力を最大限に使う事ができるらしい。プシュケノアは神の子が国を泰平の世に導く手助けができる。私の今の状況に相応しい。なんとも願ったり叶ったりだ。


 彼女が神の子として認められたのならば、いいや統治するのが最低条件だ。彼女が統治した国であることを条件として、プシュケノアである私が、ミィアス国に神の光、神の恵みをもたらすことができるだろう。破滅に向かうこの世界にも穢れを浄化する、彼女の力が発現し、平和に導く力を得ることができる。彼女の国の統治にただ唯一の手助けができる。

 仕える条件として、その主人は克服を成し遂げた神の子であるということ、そして国を統治していること。要するに彼女が神の子として国を統べることさえ出来れば、破滅も起こらなければ、永遠に彼女の側にいることが出来る。その願いをなんとしてでも叶えたい。


( もっと彼女と一緒にいたい。 美しくて落ち着くプシュケーのそばにいたい )


 しかし、彼女と私の間には問題が山積みだった。それに、排除しなければいけない邪魔者も、彼女の周りにたくさんいた。それを解決する前に、いつも無情にも、彼女と過ごす時間にあっという間に終わりはやってきてしまう。

 だが、私のせいで、私が私のエスティアを手に入れるまでこの惨劇は続くだろう。いや、私のために続けてしまうのだろう。己の欲はあまりにもこの世界には受け止めきれないものだから。


 ──私は、はじめて欲を抱いたことを肯定し、その己の欲の傲慢さを感じてしまった。


 理性から、プシュケノアの役割とただ己の欲を天秤にかけてもみたが、あっさりと結論は出てしまった。


 だから、彼女を中心とした世界を創り上げることにした。私が彼女と一緒にいられる条件である、彼女が神の子として国を統治するまで繰り返すことを願ったのだ。

 プシュケノアとしての力を最大限使って、彼女の生涯とこの世界の破滅と再生、そして生と死を廻る彼女を見守ることにした。

 


 彼女の周りにいる者たちはあまりにも彼女に執着している。器もプシュケーも、その生から死までそして冥界までも、行先を辿っている。ある意味で、その者達とは利害が一致している。ある者は破滅のトリガーを引き、またある者は彼女の冥界での番人となった。


 ──いつしか、私は彼女を暗く深いこの悲しい役割を終わらせてくれる、私だけの救世主として役割を求めるようになってしまっていた。彼女の力なら深く暗い海の底から私の手を引っ張り、息が詰まる海中から掬い上げてくれるだろう。私は、彼女を神とは異なる崇拝の対象として崇め奉った。


 

 私は幾度も彼女をミィアス国の神の子(ミィアス国の王)にするために、外部からの妨害にも屈せずに奮闘した。だが、意図せず起こった戦乱、そして継承の儀式を行わないまま迎えた王の死、国の滅亡、隣国からの侵攻、内政を担う者の次々の死。彼女の周りには自然に絶望と死体が積み重なっていった。これを幾度となく繰り返させたのは私だというのに。乗り越えてこそ、克服ができると思い、介入はしなかった。こんなにも身近な者の死を迎えても、彼女の持つ太陽のような光は失われることがなかった。


 この世界の破滅を防ぐためには、エピソードの克服には条件が必要だ。だが、彼女のエピソードの克服にはある犠牲を払わなければならなかった。彼女の神の力はとても強い。産まれた頃から、次世代の神の子と決められているようなものだった。だがそれに比例してから失うものも多かった。それでも、失われない琥珀色。それは絶望から救い出してくれそうな、暗闇から出でる朝日のよう。眩しさに目が眩む。きっと彼女ならアポスフィスムよりも偉大な力を持って統制を取れるのではないだろうか?


 その上、彼女は国にとって幸いである、更なる力を手に入れることが出来る、コンプレックスをも包囲している。彼女には神の子になってもらうために、いくつものエピソードの克服とコンプレックスの克服をして貰わなくてはならない。初めは哀れな少女だと思っていた。しかし、繰り返していくうちに段々としっかりとした軸と意志を持つようになっていった。外部からの影響なら、少し寂しく思ってしまうのが本音だが、彼女が数々の克服をしない限りまた最初から元通りになってしまう。



 これを幾度となく巡り繰り返した。破滅を迎える運命に抗うかの様に、何度も何度も──。


 だが、私は神から与えられた役割を果たすだけの人物でいなければならなかった。次は彼女の側に仕えることができるだろうか? 

 破滅を防ぐことが出来るだろうか? 

 そう何度も期待して繰り返してきた。



「 次は破滅を防いで私をお側においていただけますか? プシュケノアではないただひとつのものとして 」



 ──彼女は私にとって唯一の救い。暗く冷たい水中から、私を照らして見つけ出してくれるような、私の、私だけのエスティア。












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