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花束





 

 朝は日の出と共に目を覚まし、周囲の安全を確認する。城内とは違い、護衛は少ないため重点的に。不審な人物が居ないか常に気を張り詰めているが、ことさらここではそうしていた。そして、朝早くから独りで鍛錬をする。全てはエレーヌ殿下のために。それは、ここに来ても変わらない。それがノータナーのあたりまえだった。

 ただ一方で、王宮とは違い、エレーヌ殿下のそばにいつも居れるわけではないため、離れ離れの時間が多い。契約をしてから、自分の主人ができたことにより、護るものができた。慣れとは怖いモノで、私の目の前にエレーヌ殿下がいるのが当たり前になっていた。手の届く範囲に主人がいないと、不安になってしまう。

 だからそんな時は、唯一無二の私とエレーヌ殿下の繋がりを視覚化した(ぎょく)に、つい縋ってしまう。心細いような何とも言えない感情に浸っては、何かを押さえつけるように(ぎょく)を握りしめる。こんな感情なんて、いままで抱くことはなかったのに。多分これは──。


 気がついたら毎朝、外からエレーヌ殿下の部屋を見つめるのが習慣のひとつになっていた。


 ( はやくお会いしたい…… )


 部屋に戻り、清めてから、昨日エレーヌ殿下からいただいた手袋をはめてみた。いつの間にこんな上等品を用意していたのだろう。手にぴったりで、伸縮性もちょうどいい。大事に飾っておきたいくらいだ。返礼として、手袋とは比べ物にならないけれど、贈った花束。それがエレーヌ殿下の部屋にあると思うだけで、ノータナーは思わず優越感に浸ってしまう。またエレーヌ殿下との繋がりができた。





「あれ……ない 」

 昨日ノータナーから貰って、窓辺に飾っていた花束がなくなっていた。確かに置いたはずなのに。色とりどりの花々で、王宮の庭では見たことのない小ぶりの花。そしてどこか懐かしい香りがして、その香りをは肺いっぱいに吸いこむと、安心できるそんな花だった。そのおかげか、昨夜は中途覚醒することもなく、ゆったりと眠れた夜だった。朝起きたら、それが無くなっているなんて夢にも思わなかった。


 ここは崖の上に建っているため、たまに潮風が強く吹いているときは、風の音のせいで途中で目が覚めてしまう。それも昨日はなく、安心できる香りが部屋いっぱいに広がっているおかげか、ぐっすり眠れたのに。 

 朝、窓から微かにこぼれる穏やかな日差しで目を覚ます。最初に目に入ったのは花束を飾った場所。でも、花束は消えていた。

 海は凪いでいて、どこかへ飛ばされるほどの風が吹いたとは思えなかった。例え窓が開いてしまったとしたら音で気がつくはず。でも、あたりを探しても、花びらひとつ落ちていなかった。まるで、ノータナーから花を貰った事実ごと消えたみたいに。


 外に落ちてしまったのだろうか? ──いや、そんなはずはない。でも一応探してみようと、急いで外へ出る支度をして扉をあける。すると、目の前にレスディさんが驚いた表情をして立っていた。ぶつかりそうになる。

「す、すみません。ちょうどエレーヌ殿下がドアを開けるときと重なってしまったようですね 」

「 いえ、私の方こそ……。お怪我はありませんか? 」

 まさかドアを開けるその瞬間に、レスディさんが部屋の目の前にいるとは思わなかった。

 朝からどうしたのだろうか。最近は、禊をするのは昼ごろが多い。太陽の光と地上の海の流れの関係で禊の時間が変わるらしい。この時期は昼間が最適らしく、こんなに朝早く私を訪ねてくるとは、思わなかった。


 (……何かあったのかな? )


 私が倒れて二、三日寝込んでしまった時から、レスディさんは少し過保護になっている気がする。でも、レオスの過保護さとは何か違う。

 レスディさんの眼は私ではなく、私の中のなにかを見つめている気がしたのだ。私はそんなレスディさんの視線の行き先を気にしつつも、あの時のレスディさんの言ったことを深堀する勇気がまだ出なくて、先延ばしにしていた。


 避ける拍子に結っている髪が少し崩れてしまったのだろう、整え終わってから彼は私に安心させるように笑顔を見せた。

「 はい、大丈夫です。こんなに早い時間に訪れてしまいすみません。 今日は急に予定が入ってしまい、これから出かけなくてはいけなくなってしまったのでそれを伝えにと、思いまして…… 」

 神官の仕事はプシュケーを導くことだと聞いた。レスディさんはここで一人でその役割を担っている。そのため、急な予定が入り、一日二日の間、ここを空けることも多かった。

 ここに辿り着けない者たちのプシュケーを導くために。西へ東へ。きっと忙しいだろうに、疲れた様子は、決して見せない。ほんわかとした気配をいつも纏って、私に優しく声をかけてくれる。


 そんなレスディさんだからこそ、この前の彼の言葉が、そして表情が、造られた人形のようで──。


「 エレーヌ殿下、どうされました? 」

「 あ、いえなんでもありません。少し考え事をしていて…… 」

 この間のことを考えていたら、レスディさんは私の身長に合わせてしゃがむと私の眼を見つめてきた。あまり心配をさせてはいけない。彼の視線は、何かを読み取ろうとしていて、奥底を覗かれている気持ちになる。


「 帰りは遅くなってしまいます。もしかしたら明日になってしまうでしょう── 」

「 私は大丈夫です。 レスディさんもお気をつけてくださいね 」

「 はい、ありがとうございます。それでは、失礼いたしますエレーヌ殿下 」

 レスディさんが部屋から出て行く。その時、彼のローブから、ひとつの花びらがひらりと舞い落ちてきた。彼に気がつかれないように私はそれをすぐに手に取って扉を閉めた。よくよく観察してみるとそれは、くしゃくしゃになった小さな花びらで、少し乾いている。


 もしかして、これは──。


「 そんなわけ、ない……よね 」

 ノータナーから貰った花束をレスディさんが持っていってしまった。なんてことが一瞬頭の中で浮かんだけれど、レスディさんがそんなことをするはずがないと思い、何かの偶然だと、あの花束とレスディさんを結びつけるのはやめた。




「 はあ、彼女には余計な縁を結ぼうとするモノが多すぎる。 早くこちら側からも対策しなくてはいけませんね……。今日の子が忠実で順従だといいのですが。早く戻って何か手をうたなければ 」


 青年は、手で握っている原型もとどめていない、ぐしゃぐしゃになった花束を岸から海へと投げ落とした。花はどんどん沖へと流されていく、しばらくすると花は波に飲み込まれ沈んでいった。深く暗い海の底へ。


 そしてそれを見届けた彼は、プシュケノアとしての顔に切り替えて、偽りの笑顔の仮面を被った。



















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