贈り物
「え、レオスが? どうして今なんだろう…… 」
ある日のこと、レオスが三日間王宮に戻るという事をレスディさんから聞いて私は驚いてしまった。レスディさん曰く、レオス本人は何やら調べたいことがあるらしく王宮の図書寮に行くという。許可も出ているのでレオスは帰る準備で忙しいとも聞いた。
詳しくは話してくれなかったが、心配になった私は居ても立っても居られず、レオスの部屋へ向かった。
「ねぇ、レオス、入ってもいい? 」
レオスに与えられている部屋の扉を開けようとした私に、「なるべく接触は控えるように言われてるだろう 」とレオスがすかさずぴしゃりと言い放った。
そして数秒、レオスと私の間に妙な間が生じてしまう。ドアに伸ばした手は宙ぶらりんのまま、私はレスディさんから聞いて疑問に思ったことを直接、レオスに投げかけた。
「 レオス、帰るって本当? 」
近づいたらダメだからと、レオスからも言われてしまい、私たち二人のを遮る扉越しに話す事にした。なんともこの数センチの距離がもどかしい。
「 帰るんじゃなくて、用事があるから少し戻るだけ。 エレーヌにはノータナーがいるから大丈夫でしょ 」
声色がいつもに増して真剣だから、レオスが王宮に戻ることを私が今止めることはできないだろう。と確信した。レオスは一度決めたことは覆さない性格だ。
「 何のために帰るの? 王宮の図書寮に用事ができたと聞いたけど…… 」
きっと私に何も言わずに行くつもりだったのだろう。レオスがなぜ戻るのか、詳しい目的を尋ねようとしたら、少し空気がピリついたのを感じてしまったが、平然と彼は答えた。
「 秘密。確信したら話すから待ってて 」
「 なにそれ……。そもそも、レオスはどうやって帰るの? 」
「 馬。 エレーヌは知らないの? 結構、僕馬に乗るの上手だよ。チャリオットだって乗りこなせる 」
「 ……いつのまに。でもチャリオットは危ないからやめてほしいな 」
知らなかった。チャリオットという単語がレオスの口から出てくるとは思わなかったのだ。帝王学は男女平等に行われているけれど、馬や剣術は異なるらしい。私は基本的な護身術しかまだ習っていないのに、レオスはその何倍も先を行っていた。確かに、ノータナーと剣を交えるのを見たことがある。レオスは体格の良いノータナーに負けじと、素早い剣さばきを魅せてくれた。でも今まで、レオスが馬を乗りこなしているところなんて見たことがない。
「 エディ兄様から教わったんだ……。馬具も、手袋だって兄様からもらった。心配しないで、用事が済んだらすぐ戻ってくる。だから、エレーヌは安全な場所で待っててよ 」
これから王宮へ帰るために乗る馬の状態を見に行くからと、私には部屋に戻って安静にしているようにと言われてしまい、余計な心配もかけるわけにもいかず、引き下がることにした。
私がレオスの部屋から離れて、階段の上段まで登った時、私が部屋の前からいなくなったと察したレオスが道具を抱えて出てきた。一瞬目があったけど、何か違和感を感じた。不安そうな目。何か揺らいでいる。心配を掛けまいとしているけれど、本当はレオスについて行きたいくらいだ。
「……いってらっしゃい。無事に戻ってきてね 」
私の声はレオスに届いただろうか?
レオスに言われた通りに真っ直ぐ部屋に戻ってきた。レオスがなぜ今、王宮に戻るのか詳しい理由を聞くことはできなかった。もしかしたら私が倒れたことと関係あるのかもしれない。護衛をつけずに一人で馬に乗って帰るなんて。でも今更、危ないとか心配だとか言って、レオスと喧嘩になることは避けたかった。
私がミィアス国が破滅する未来を防ごうと、原作を改変しているから、レオスまで何かのために動いているのだろうか?
そういえば、レオスの馬具や手袋はエディ兄様から貰ったと聞いた。兄様から馬術の手解きを受けたらしいから、その際に専用のものを作ってもらったのだろう。
「いつの間に乗れるようになってたんだろう……。あっ、そうだ! 」
私は思い出した。ノータナーへの手袋が完成したまま、渡すことができていないことに。
接触ができない今、どう渡すか考えた。レスディさんに渡すように頼むこともできるだろう。でも、わがままだけど、できれば渡した時の反応も見てみたい。それに、ここに来てからというもの接点が何もないことが少し寂しかった。手袋を渡すくらい多目に見てほしい。見つかりませんように。と唱えて、こっそりノータナーを探すべく彼に与えられた部屋を訪ねた。
「 ノータナー、今時間ある? 」
突然の訪問者に驚いたのだろう。近づくことはあまり良しとされていないのに、扉が開いて、彼がでてきた。まあ、少しくらいいいか。
《血の契約》を結んでいるからなのか、いつも一緒にいた頃に比べて、定期的に会うことが難しい今、ほんの少しだけ寂しさを感じていた。ノータナーに対する感情は、何故かレオスとはまた違う。そう、例えば仲間へ対する感情に近いだろうか。
──私たちは今後、原作改変の共犯になるのだろうと私は薄々感じていた。
「 エレーヌ殿下、どうされましたか? 」
「 ノータナーに手袋を、と思って。 渡すタイミングが中々とれなくて、遅くなっちゃったけど…… 」
手袋を見せた瞬間、一瞬だけノータナーの目が驚いて、輝いた気がした。そして、ノータナーの首からさげられていた玉も光を放つ。これは、契約の時に私のプシュケーから力を与え、ノータナーの血を混ぜた玉だ。もしかしたら、契約者の感情の起伏を感じるとこうなるのだろうか。ノータナーはあまり感情を顔に出さないから、玉が彼の喜怒哀楽を表現してくれているようだ。自己満足に過ぎないけれど、ほんのちょっとでも喜んでくれたならよかった。
「 ありがとうございます。…… 大切に使います 」
恥ずかしそうにノータナーは首から下げている玉を握って答えた。
いつもに増して穏やかな表情を浮かべているな、と安心していたら、ノータナーは何かに気づいたように瞬時に距離を取られてしまう。
「 すみません。エレーヌ殿下。 これ以上の接触はエレーヌ殿下にとって悪影響かと…… 」
「 うん。わかってる。でも、直接渡したかったの。 ノータナーの嬉しそうな顔が見れてよかった。状況が落ち着いたら、馬術教えてね 」
そう、私もこれからのことを考えると、レオスみたいに、ひとりで馬を乗れるようになっていなくてはならない。いつ何かが起こってもいいように。
「 あ、エレーヌ殿下。もしよかったらこれを、お返しには到底及びませんが…… 」
私が帰る素振りを見せた途端、ノータナーは部屋の中から花を持ってきた。毎朝遠くまで散歩していて、偶然見つけたらしい。
「 神殿に居ますと、王宮に比べると中々自然に触れられないことでしょうから…… 」
「 綺麗ね。貰っていいの? ありがとう 」
ノータナーの普段見せない表情が見れただけでも満足だ。その上、お返しも貰ってしまった。私は 「またね 」といって、自室へと続く階段を登っていった。
この場面を誰かに見られているとも知らずに。
「 ……ああ、私のエスティアのプシュケーが他のモノに侵略されていく。いけない、早く排除しなければ 」
ノータナーにもらった花々を窓辺に飾った翌日。朝起きると、その綺麗な花束は跡形もなく消えてしまった。
まるで最初から存在しなかったかのように。




