聞いてはいけなかったⅢ
頭の中を読まれたようで、怖かった。
本当に僕が聞きたかったこと。それは、『一緒に連れられた先でわざわざ離れ離れにされていることの本当の理由 』僕は定期的に王宮に戻らなくてはならない。その上、今のエレーヌのプシュケーは他のもののプシュケーに影響を受けやすい。だから、僕とエレーヌは別行動になる。結局のところ、最低限の接触だけで、一緒に連れてこられたのに離れ離れにさせられている。ここへ一緒に避難しに来たとすると、効率が悪い。
「 レスディ、どうして僕とエレーヌは一緒にここに連れてこられたの? 悪影響だから会うことができないんだろ? ……離されているままなら、僕は宮殿に残った方が良かったのに 」
「 アストレオス殿下の質問をわかりやすくすると、つまりお二方は同じ場所にいなければいけない理由が知りたいのでしょう? では、なぜアストレオス殿下はエレーヌ殿下と最低限の期間は一緒に行動しなければならないと思いますか? 」
アストレオスが考えを発言しようと、口を開いた瞬間、レスディによってそれは遮られてしまった。
「── ああ、王族だから、という答えは通用しません 」
まさに、そう答えようとしていたのか、アストレオスはあっと小さい声を漏らす。そして、また考え始めた。レスディは気を取り直して、本題に入ることにした。
「 ……神の子の候補である僕らにとって、帝王学は年齢、性別に関係なく、兄弟間で平等であるという決まりがあるから? 」
「 大きく考えるとそれも正解でしょう。ですが、もう少しだけ存在意義を考えてみてください。……ヒントを与えましょう。隠と陽。それは対になっています。 」
アストレオスは眉間に皺を寄せた。思ってもみなかったヒントだったのだろう。彼は今まで知り得た情報のピースをかき集めて考えはじめた。
「 僕らが神の力をもった双子という、類を見ない事に意味があるんだろう? 」
答えに近づいてきたことに悦びを表すかのように、レスディの口元があがる。愉悦に浸るレスディの思惑にアストレオスは気がつくことはない。
( そうだ。もうすこし。これは彼らが自分自身で気付かねば意味がない。どちらか一方が、早く気づけばなおさら面白いいだろう )
「 まずはじめに、世間一般的に双子といっても、殿下たちのようにいつも一緒とはいきません。まあ、それぞれ人間ですし、それが神の力を持って生まれてきたとて同じこと。しかし、やがて別々の道を歩むことになるでしょう。 」
それは、わかっている。だけど、どうも引っかかってしまう。双子であることが、何故そんなにも強調されるのか、アストレオスにはわからなかった。
「 双子である事。それに関係があるの? 」
「──どちらも神の力を持っていると共鳴する。双子である事に意味を持たせることができる。と聞いたことがありませんか? 」
そんなこと。知らない。双子である事に意味を持たせる事なんて、アストレオスには一度も思いつきもしなかった。それが、生まれてこのかた彼にとって普通だったから。
「 それは、強制的に意味を持たせる事? ……もしかして、僕とエレーヌは同じエピソードを持っているの? 」
自分でも緊張しているのがわかるように、握りしめた手に力が入る。聞いていていいことなのだろうか?
だがここまで聞いてしまった以上、今更後戻りはできないだろう。
「 双子は、ある国では忌み嫌われどちらかは亡き者として扱われます。それなのになぜか、殿下たちはいつも二人だ。プシュケーに悪影響を及ぼす恐れがあるのにもかかわらず、お二人は一定の距離で時間を共有しています。ほぼ毎日王宮ではいつもそばにいらしたでしょう? ──それも、無意識のうちに。アストレオス殿下は私があの部屋にお連れした時から、それを疑問に思われた。それまでは、お二人で過ごすのは当たり前。何も疑問に思わなかったことでしょう 」
ここにきて、アストレオスは気がついた。レスディの指摘通りだ。禊といって離されるのもだったら、僕は来なくてもよかったと、思わせるのもレスディの思惑通りだったのだろう。だけど、僕のはんぶんは、いつも一緒ということに疑問も持たず、いっそのこと当然とさえ思っていた。
「 まるで、離れてはどちらかが成り立たなくなるようとでも言うように。二人でいなければいけない理由。今、殿下はそれを知りたいですか? 」
今、その訳を聞く勇気はなかった。予想できるのは僕らのエピソードが何か関連しあっているのだろう。でも、これは一緒にいる理由にはならないはず。もっと根本的な何かを隠し持っている。
「 僕らのエピソードのためにここに連れてこられたのだろう? そのエピソードはなに? 例えばエピソードに双子の神が関係しているとか? 」
少し悩んだそぶりを見せてからレスディは、僕の答えに正解でも不正解でもなく、はっきりとしないまま、こう答えた。
「 実のところ、それはアストレオス殿下の生まれにも理由があるのですよ。でも、まだ教えてはいけない。アストレオス殿下、そしてエレーヌ殿下のためです 」
僕の生まれ。そんなの決まっている。エレーヌと一緒に生まれた。僕らは片方を片方で補っている。生まれる前から運命が決められていた。それだけのことではないのだろうか?
「 アストレオス殿下は複雑なプシュケーをお持ちです。それを自らの力で乗り越えられるようになったら、全て開示しましょう。そちらのほうがこの世界にとっても良い結果となるでしょう。殿下はエレーヌ殿下を救いたい一心でこう動いていらっしゃるんですよね? 」
ここ、と胸の中心をレスディに指でさされる。陽が沈み、だんだんとレスディの半分が陰に染っていく。
「 大丈夫ですよ。気がついていないだけでこれは繰り返しているのです。破滅も消滅も。それは神からの使命でもあり宿命。この繰り返す運命を変えるのはエレーヌ殿下なのです 」
ここでエレーヌの名前が出てくるとは思わなかった。運命? 宿命? エピソードの達成のことだろうか? よくわからない。
( 困ったな…… )
さらに疑問が増えてしまったアストレオスは途方に暮れながらも、正解を導き出そうと今までのレスディの不可解な言動を思い出す。あと少し。何かがひっかかる。だが、もう今日は時間が取れない。もう日が暮れてきて、闇が太陽の影から広がってきてしまうだろう。闇が見えるのはアストレオスしか居ないため、エレーヌを護らなくてはいけない。その上、考える事にも頭を使って少し疲れてしまっていた。これ以上は明日以降にするため、自室に戻ろうとして、今日の話はここでおしまい。と踵を返すアストレオスをレスディの言葉が引き止めた。
「 …….そもそも、人間の器に神の力を宿したプシュケーは人と言えますか? 器が人間だから人間とするのか、神の力をもつから神とするのか──。どっちつかずの私たちは繰り返すことで、正解を見つけていくのでしょうね……? 」
扉が閉まるその瞬間、レスディのグリーンの二つの眼が光った気がした。
「おそらく理解するのに時間がかかることでしょう。いいのですよ、いつでも聞きにきてください。神の赦す範囲でお答えしましょう 」
聞き逃してはいけない気がして、アストレオスは慌てて扉を再び開けた。
レスディの巧みな話術に翻弄されたのだろう、僕はついに聞いてしまった。
「 ……じゃあ、僕とエレーヌのエピソードには繋がりがあるということ? 」
目の前のレスディは、狼狽えている僕を見てにっこり笑っている。
「 ……まさか、今まで、誰も教えてくださらなかっただなんて驚きですよ、殿下 」
「 じゃあなんで、お前が知っているんだ! 」
神の力に由来するエピソードを知ることができる人物は、その力を持った者。それにあと1人は、神の力を持つものを管理する神の子、すなわち父様だけのはず。プシュケノアはプシュケーを導く者として、神に役割を与えられているけれど、神の力を持つもののエピソードがどんなモノだなんて知る権限はない。
僕の、いや僕らの知らないところで、何か動いている。さっき思い出した、目の前のこいつが行う、もう一つの役目もそう。
怪しい、普通を知らない僕にとっては周りの大人たちがエレーヌだけに行ってきたこと全て、違和感を抱くようになってしまった。
エレーヌがある日突然目覚めなくなってしまったこと。エレーヌが定期的に飲んでいるあの飲み物。ノータナーとの ≪血の契約≫ だってそうだ。こんな契約方法、僕が調べた限りどこにも前例はなかった。
父様やアーティ叔母様、シェニィアだって教えてくれなかった。僕らの知らないところで何か、動いている。きっとその計画の鍵はエレーヌだ。こうやって、避難と称してここに連れてこられたのも何か思惑があるはず。ここにいて、今の脆いエレーヌのプシュケーに影響を及ぼさないためと、僕はエレーヌとの接触も制限されている。会話さえ二人きりでは行えない。僕らはここで監視されている。
「 プシュケーの浄化とは別のことが行われている。ここに連れてこられたのは、違う意味もあるんだろう? 」
「 大変鋭い考察ですね。 ……実はここにいる間に、エレーヌ殿下のエピソードを思い出してもらう必要があるんですよ 」
「 ……へ? エピソードはわかっているのが前提。 ──でも、僕らは違う。それをなぜ崩そうとしているの? これも、世界を見守るレスディの役割のひとつってこと? 教えてよ、僕らの秘密 」
そう。自分の神の力を手に入れるにはエピソードの条件を達成すること。そして真の力を手に入れるためには、エピソードを完成させて、コンプレックスを乗り越える克服が必要だと。僕は、幼い頃にアーティ叔母様から聞いたことだ。
でも、僕ら兄弟は違う。少し特殊な理由がある。決して今までに明かされていない、ある事情から、エピソードの記憶に鍵がかけられていた。
僕の言葉を待っていたというように、ニタリとレスディは口元を歪ませた。話は長くなるようだ。僕は今からレスディから教えられることに耐えられるだろうか。一瞬、不安が頭をよぎった。




