表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/92

僕のはんぶん





 僕とエレーヌは、生まれるよりもずっと前から一緒だった。

 器と呼ばれる身体は二つあっても、プシュケーはきっとひとつ。


 理由なんてわからない。

 けれど、怖い時も、不安な時も、エレーヌが隣にいるだけで耐えられた。言葉がなくても伝わる。説明なんていらない。


 だって僕たちは、同じ時を生きてきたのだから。


 ──エレーヌは、僕のはんぶんだ。


 


 幼い頃から、エレーヌはよく寝込んでいた。

 力と器が釣り合っていないのか、熱に浮かされるように浅い眠りを繰り返していた。


 そんな時、彼女の手を握り、声をかけるのが僕の役目だった。


 ……けれど、ある日。


 エレーヌが、目を覚まさなくなった。


「プシュケーが純粋すぎるんだ。穢れに弱く、器が不安定になっている」


 父様はそう言って、泣きそうな兄様と僕を宥めた。

 でも、おかしかった。


 僕たちは神の力を持つ者として、定期的に《天秤の審判》を受けている。プシュケー()の状態を測り、力の使用を許可されるための義務だ。


 その直前の審判で、エレーヌの天秤は──いつもと同じ、澄んだ色を示していたはずなのに。


 それに。説明する父様の表情が、まるで「自分が罪を犯した」かのように歪んで見えた。


 何かが、隠されている。



 その日から、僕は奇妙な夢を見るようになった。


 暗く冷たい海に突き落とされ、底の見えない闇に沈んでいく夢。

 何度も、何度も。


 それと呼応するように、ミィアスの空もおかしくなった。

 雲が太陽を覆い、雨の日が増え、鳥の声が消えていく。


 まるで、エレーヌの眠りに世界が同調しているみたいに色をなくしてしまっていた。


 


 季節が巡り、寒さが和らいだ頃。

 ようやく、エレーヌは目を開いた。


 ……けれど。


 そこにいるのに、いない。

 視線は虚ろで、言葉もなく、器だけがそこに在る。


 不安定な海を漂う意識。

 

 それから、エレーヌに毎日会いに行って目を見つめるのが僕の日課になった。エレーヌが居なくなってしまわないように。僕が繋ぎ止める。僕たちは双子だからその絆が楔だ。


 双子だから。

 この絆が、楔になると信じて。


 


 その日は、胸騒ぎがした。


 理由はわからない。ただ、何かが「急げ」と叫んでいた。僕は考える前に走り出していた。もう一つ、僕の大切なはんぶんに関わること。なにかが共鳴して、「急げ」と、そう叫んでいた。


 エレーヌの部屋へ。


 扉の前で息を整え、乱れた髪を直す。

 心配させたくなかった。


 部屋に入ると、そこには──ひとり、エレーヌがいた。


 虚な目が僕を捉えた瞬間、夜空の星々を集めたようにきらきらと輝きはじめたように見えた。


 はんぶんが、戻ってきた。


 胸が跳ね上がるのを必死に抑え、ぶっきらぼうに言う。


「……嫌な気配がするから、来たんだ」


 嫌な気配の正体はすぐにわかった。

 時折僕たちをからかいに現れる《アポスフィスム》──オルフェ。


 混乱しているエレーヌに近づいたと聞いて、胸の奥がざわついた。

 

 だから、あいつの名は教えなかった。


 余計な存在を、エレーヌの記憶に刻みたくなかった。


 


 彼女の手を取り、長椅子に座らせる。


 ……ここに、エレーヌがいる。それだけで胸が満たされる。


 エレーヌの存在を実感したくて、これが夢じゃないって思いたくて、そっと触れた手はちゃんと暖かかった。

 

 僕をしっかりその目に映してくれている。それがどれだけ嬉しかったか、多分わからないのだろう。エレーヌには恥ずかしいから、言わないでおく。



 記憶が曖昧だと知っていながら、僕はどうしても我慢できなかった。


 ずっと待っていたのだ。

 僕のはんぶんが、僕の名前を呼んでくれる瞬間を。


「……アストレオス。ずっと、レオスって呼んでくれてた」


 息を殺し、返事を待つ。


「……レオス」


 その一言で、胸の奥に閉じ込めていた箱の鍵が、音を立てて外れた。


 見つけた。

 ずっと、探していたものを。


 


 僕たちは、生まれる前から一緒だった。

 これから先も、きっと。


 エレーヌは、僕のはんぶんだから。


 


 笑みがこぼれそうになるのを必死に堪え、叔母様を呼ぶという口実で部屋を出る。


 その直前、エレーヌが言った。


「……綺麗な髪だね」


 同じ色なのは当たり前なのに。

 それでも胸が熱くなった。


 目に見える、僕たちの繋がりだから。


 


 廊下を進みながら、叔母様を探す。いつもいるはずの叔母様の専用の場所に行っても見つからない。宮殿にいない。館にもいない。どこにもいない。


 焦りが募る。早く伝えたい。エレーヌが目覚めたことを。もどかしい。早くエレーヌのことを伝えたいのに。誰かとこの喜びを分かち合いたい。


 アーティ叔母様は僕たちの父様の兄弟で、神の力を持つ者たちの研究をしている。そして、僕たちのお医者さんでもある。だから早くエレーヌのことを伝えないといけないのに。



 その時、回廊の先に、僕とエレーヌより少し暗い髪色の青年が見えた。


 兄様──エディ兄様。


「エディ兄様! あのね、エレーヌが……!」


 声が、震えた。


 この先に待つ運命を、まだ僕は知らなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ