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聞いてはいけなかった Ⅰ






 レスディが部屋の外に誰か人間がいるという気配にすぐ気がついたのは、近いうちにここへ来るであろう人物に予め見当がついていたからだった。それに、彼の部屋に直接客が来ることは滅多にない。なぜならここに、普段生きている人間は自分しかいないのだから。今は、客人がいる。そうわかっているだけで、自ずとここを訪ねてくる人物に予想がついていた。 

「 アストレオス殿下。 一体どうされました? 」

 レスディにはアストレオスがここへ来る目的は元からわかっていた。

 昨日、彼と話した際にわざと深くまで言及しなかった事。──王家が厳重に隠している唯一のアポフィスムに深掘りをさせなかったからだろう。それに彼ら兄弟の持つエピソードにも。手がかりを求めていつか自分のところへとやってくるかもしれない。と思っていた。

 ( そのような見込みはあったがここまで早いとは。救われた過去を持つ子には、こんなにも幸運が降り注いでいる…… )

 凡人であるならば、あの時の違和感をただのプシュケノアのみせた幻想もしくは戯言だと思って忘れてしまうだろう。むしろそうしていれば、まだ幸せなままだったのに。

 小さな秘密に触れたら、早くその奥深くまで知りたいと思ってしまうのは、好奇心故なのか、アストレオス自身のプシュケーがもつ特性なのか、それともエレーヌ殿下のためならばと無意識に湧き出た勇敢さから、真実を手繰り寄せるなにかが彼にはあるのか──と、レスディは考えた。

  ( エレーヌ殿下だけではなく、この目の前のアストレオス殿下も複数のエピソードを持っている事を知る者は、ごく一部の王族関係者だけだ。 )

 

 レスディはこれからの世界を左右する事実を伝えるために、ひとつの神聖な儀式を行う前と同じように、自らのプシュケーを無にした。なぜならその行為は、プシュケノアが他のモノのプシュケーに干渉する時に必要なことであったからだ。そして今から、プシュケノアという役割として、助言をしようとしていた。これから目の前の少年へと未来を左右する事実を伝えるのが、そう()()彼の役目。



 ──小さな疑問は、やがて大きな疑念となる。


 まだ、彼らが全てを知るのには早すぎる。情報を与えすぎて混乱を起こしてしまったせいで、せっかくのプシュケーが壊れて台無しになるのは避けたい。だが、これも彼女のため。

 それにレスディも縛られているのだ。プシュケノアとしての役割に。

 部屋に招き入れた少年は聡い。少しの変化にも疑問を抱くほどに、その上、過去の封じた記憶を無理やり思い出すほどに、だ。そんな彼に悟られないように、レスディは神経を尖らせた。

 そして誰にも聞かれないように念のため部屋の周りの結界を整えて、綻びがないか確認してから、この場に馴染むように、自身の表情をコントロールした。

 口元にはうっすらと笑みを湛えて、いかにも訪問を歓迎しているかのごとく、これからプシュケノアとしての役割を果たす者として。さあ、これは彼らのプシュケーの行先をを導く儀式だ。


 ( これで、プシュケノアとしての今の役目を全うできるでしょうか…… )


 アストレオス殿下のように、時々プシュケーがどっちつかずの者にヒントを与えるのもプシュケノアの仕事だった。レスディにとって、彼がこのタイミングで自ら訪ねてくることは、予想より早いが好都合であった。神から授けられた世界を見守る役割の自分にとっても。レスディ自身にとっても。


 ──いまがその時、なんだと。


 ( さて、どこまで話したら良いのでしょうか……。殿下のプシュケーに影響があってもいけませんし…… ) 


 レスディはこれからのコトを見通して、どこまでを話すか、自分の口から話す必要があるものを瞬時に頭の中で取捨選択しだす。王家の、ましてやこの世界の運命を変えるための計画に加担しているひとりとしても、ある程度の昨今のミィアス国の情勢や情報の共有はされていた。


 今回、レスディに避難と称して彼らを託されたのは、ミィアス国の将来のために、神の子の継承を早めようとする勢力の圧力が強くなってきたせいでもあった。たしかに、神の子の力の継承を行うに当たって、まだ王が神の力を持つ者たち全てを管理するだけの力を保持しているうちに、継承の儀式をすることが最も安全ではある。次の神の子が産まれた時点で、王の神の力が段々と弱まっていく性質上、この儀式は早いうちに行うことが、王にとっては本来なら好ましい。だが、王であるラシウスは次の神の子の安全を今は優先し、儀式を先延ばしにしているのが現状である。

 その上、一部の者しか明かされていないが、王家に何かあった場合に備えて、継承の方法を変えようと研究も進められている。


 次の神の子の神の力は強くプシュケー清らかでもあり、次の王、つまり神の子としての適性は十分なほどではあるが、その一方で少々複雑な事情を持っていた。

 というのも、ミィアス国の王族は、古代の神と血の濃さからか、代々王族は稀に複数の神の力を持ち産まれてくる。複数の神の力を持つということは、エピソードが力の由来する神の分だけ複数あることだ。幾つのもエピソードは絡まり合い、エピソードを克服するためにもその条件の達成へ向けて動くが、その複雑さから自ずと雁字搦めになってしまい、器も幼い者は、些細なことでもプシュケーも崩れてしまう。という危うさを持っていた。


 ( だから、彼らは互いに補っている……。 プシュケーを複数持った似た者同士で── )



 レスディの部屋には、必要最低限の家具しか置いていないが、その中でも1番座り心地がよい椅子へとアストレオス殿下を案内した。アストレオスの真剣な眼差しは、記憶のなかの誰かにそっくりだった。


「 アストレオス殿下のお望みに叶うかわかりませんが、このレスディが答えられる範囲でお答えしましょう 」



 さあ、複数の神の力を持つが、だがまだ未熟な少年のプシュケーを誘う時が今来た。













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