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開いてはいけなかった Ⅲ






 決意した僕は、すぐさまあの螺旋階段へと向かった。あの部屋に行くためには誰にも見つからないように行かなければ。レスディに見つかったら何をされるかわからない。記憶が曖昧なのは、きっとレスディになにか呪い(まじない)をかけられたのだろう。そうでなければ、あの強烈な光景を今まで忘れているものか。

 この階段の一番下まで降りるのは何年ぶりだろうか、空気は冷たく階段を降っていくたびに闇は深くなっていく。うっすらと覚えている記憶を頼りに、一番嫌な気配がする部屋の前にたどり着いた。煙たくてどんよりした空気の発生源はおそらくこの部屋だ。

 深呼吸をして覚悟を決める。手を伸ばす。でも、部屋を開けようとした僕の手は、後ろから誰かによって止められた。


「 ……アストレオス殿下。 こんなところで、どうされましたか? 」


 部屋の中に入ろうとした時、後ろから感情を持たない声が聞こえてぞっとした。気配なく現れたレスディに驚いて背中から悪寒が駆け巡った。

 しまった、一番見つかってはいけないレスディに見つかってしまった。やっぱり、ノータナーに協力してもらってレスディにバレないように足止めなりなんとかすべきだったと、突発的に動いてしまった自分の計画性のなさを後悔する。

 でもここで誤魔化すことはしない。逃げるものか。今度は忘れることも許されない。きっとこれは僕が今、聞いたことがいいことだと僕の中の何かが囁いている。

「 レスディを探していたんだ。ねえ、レスディはこの部屋で何をしているの? 教えてよ 」

「 プシュケノアとしての役割を果たしています。この大切な部屋でプシュケーを導いているのですよ 」

 これでは平行線だ。また言いくるめられてしまう。でも昔の僕と今の僕は違う。今の僕には、レスディが教えてくれるような、妙な自信があった。逃がさないという意志をこめてレスディの目をぎっと見つめる。僕は深く聞くことにした。

「 ねえ、プシュケーを導く儀式ってなに? ずっと前から思っていたんだ。どうしてその儀式は誰にも見せないのか、ねえ、どうやるの教えてよ? 」

 その時、部屋の中からは聞いたこともない唸り声が漏れ出ていた。僕の耳にはっきりと聞こえてしまった。目に見えない暗闇が余計に恐怖心を助長させた。いったいここでどんな儀式が……?

「 ……簡単に言うと、プシュケーを神の元へとお返しする儀式です 」

「 それって……。ねえ、ここで、本当はなにをしているの? 」

 レスディは部屋に入ろうとする僕を遮るようにドアの前に立ち塞がった。今話している内容とは真逆の表情で口元はにっこりと笑みをたたえている。そこからは出し抜こうとする僕を見越してか、余裕が浮かんでいた。でも、僕はここで起こっていることをなんとなくわかってしまい、それなのに、なぜ目の前のレスディがこんなにも穏やかでいられるのか、到底わからなかった。不気味だ。こいつ、まさかここで──。

「 ええ、アストレオス殿下が考えていることであっていますよ 」

「 ……神の力を持つ人たちを殺しているの……? なんで、どうしてそんな残酷なことを…… 」

 正解であってほしくなかったのに、僕が考えていたよりも惨たらしいことが行われているらしい。なのに、なぜレスディはそんなに冷静でいられるのか。僕は、目の前の人間が恐ろしく思えてきて、両手が震えだす。その震えが気づかれないように、抑え込もうとするけれど、なかなか震えは止んでくれない。

「 ……知っていた方がいいのでしょう。 この好奇心もこれからのエピソードにいい刺激を与えるかもしれませんね。 それに今このことを思い出したのも神の思し召しなのでしょう 」



 レスディは 「 こちらに 」とそう言って階段を一階分登って、僕をさっきの部屋とは別の部屋の前まで案内した。闇は依然として暗く深いままだ。この部屋には、部屋の中が廊下から見えるように小窓が付いている。 まるで、廊下から誰かが、監視するための窓のようだった。

 その小窓から部屋の中を見た僕は、言葉を失ってしまう。

「 中に入ることはできませんが、この部屋の中にいる者たちは全てアポスフィスムです。 世界中から危険なアポスフィスムたちがここには集まっています。 彼らの特徴はご存知でしょう? 」


 

 数十年の確率で生まれるとされているアポスフィスムは、先祖返りで強力な力を持っている。しかし、プシュケーが不安定な特徴であることから、器が脆いとすぐに暴走してしまう。しかも、いつアポスフィスムの力が開花するのかも予測もできない。アポスフィスムに関する研究もまだまだ発展途中で謎も多い。そう、習った。だから、オルフェも西の塔に幽閉されている。そうだと思っていた。  


 僕らにとって避難場所であるここに、まさかアポスフィスムたちが匿われているなんて、思いもしなかった。こんなところ、危険だ。エレーヌを近づけていい場所ではない。これを知っていて、僕らは連れてこられたのか? いや、まさか。それに、これはどうみても単に匿っているのではない。こんなところで、どうしてこんな酷いことができようか。


「 でも、アポスフィスムだからと言うだけで、こんな…… 」

 何も知らない僕に呆れるそぶりも見せず、レスディは小窓の中を覗き込んだまま話し始めた。

「 ある時、ある潜在的なアポスフィスムが死の際に呪いをかけました。そのせいで、ある一国は滅びたという記録が残されています── 」

 呪いなんて、重罪なこと、そんな話今まで誰からも聞いたことがなかった。いくらアポスフィスムについての研究が少ないにしても、重要なことなのに、どんな史料にも載っていなかった。では、王宮のすぐ近くにオルフェがいるのは危険なのではないだろうか? もしかして、あいつは──。


「私は、そんな危険なモノたちのプシュケーをその器からはずしてプシュケーを神の元へと還すのがプシュケノアとしての真の役割なのですよ 」

 これが、レスディの役目だと言う。プシュケーの浄化以上にレスディは大切な役目を持っていた。はじめて知った。レスディの纏った雰囲気、言葉に表すことができないような存在感もこの役目が関係しているだろうか? 

 神に赦された殺人。そんなことがあるのが驚いた。そして一見、血とは関係がなさそうな見た目をしたレスディが、それをしているのか。

 (本当にレスディが、この人たちを──しているのか…… )

「これは依代である器に不相応な力を、もとの神へとお返しするだけの行為であり、アポスフィスムが暴走して呪いをばら撒く前に対処する唯一の防衛手段なのですよ 」

 ああ、そうかこれも僕ら神の力を持つ者たちの宿命か。だから赦されている。アポスフィスムは特に力が強いから──。ん? ここで一番身近なアポスフィスムが思い浮かんだ。そして、なぜ西の塔にいるのか疑問に思った。

「でも、アポスフィスムなのに、オルフェがここに幽閉されていないのはなぜ? あいつが危険だとはみんな言っているのに、王宮の西の塔にいるんだ 」

「へぇ、彼はそんなところにいたのですね。まあ、彼ならそうですね……。王家の血が入っていますから私も介入できない。とでもまずは答えておきましょうか。ここの神殿は、アポスフィスムで危険と判断された者たちが集まるところです。それに、彼のことには、私は介入できません。だって彼、王族ですからね。ああ、ご存じありませんでしたか?  正当なミィアス国古来の血族であるアポスフィスムは、記録によると彼のみです。しかもプシュケーが大変汚れている。まさか、古来の血が流れている神聖なものがアポスフィスムなんて、とても厄介でしょう──? でも、慈悲深い陛下は彼専用の建物を建ててまで彼とその周囲のものを守ろうとしています。しかも、なにか縛りをかけてまで。彼はアポスフィスムとしても特異体質であり、王族としても異質な存在なんですよ 」

「は、あいつが……!? 」

 あいつが王族だなんてはじめて知った。こんなにも僕が知らないことだらけだと痛感して茫然としている僕に、追い打ちをかけるように、レスディが更なる爆弾を落としてきた。


「 ──それに彼は、この世界にとってもエレーヌ殿下にとっても重要な人物なんです 」

「 ……は、どうして、そこでエレーヌが出てくるの? 」

「 それでは、相談者がいらっしゃったようなので、私はこれで。アストレオス殿下はお部屋にお戻りください。……大丈夫です。今度は忘れさせませんから 」

 最後にここで出てくるとは思わなかった名前が出てきた為、呆然としてしまう。その隙をついて、僕の前から居なくなるレスディを引き止めることもできず、螺旋階段を登る足音だけが響いていた。


「なんで、あいつに……。オルフェなんかと、エレーヌに関係があるんだ 」


 僕はその答えを得るまでに、膨大な時間を費やすことになるなんて、この時はまだ知らなかった。





















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