ここに来た意味
避難と言われて連れてこられた神殿では、一日がゆっくりと進んでいる。変わったことといえば、レオスやノータナーと一緒に過ごす時間が減ってしまったことだろうか。
レスディさん曰く、今の私のプシュケーの状態は他のものからの影響が受けやすくなっているため、あまり人と接することができないとのことだった。
そうういえば、この時に、レオスとノータナーのプシュケーは ≪アクタジオーン≫ だということをレスディさんから聞いた。このアクタジオーンというプシュケーの状態は、互いの心情に影響を受けやすく、神の力が強く精神的な繋がりが強いほど共鳴してしまい、引っ張られてしまう──。ためなおさら、二人との時間を最小限にしなくてはいけないらしい。この情報は、レスディさんから初めて聞いた。
私のプシュケーが穢れに弱いのと、エディ兄様のことで揺らいでいる今の私のプシュケーが、二人のプシュケーの状態に引っ張られてしまうことを防ぐためらしい。いつも一緒にいる親しい間柄だからこそ、なおさら引っ張られてしまうと言う。
私のためと言われても、それでも、やっぱり寂しい。いつも一緒にいたレオスとは、少しの時間しか会話は許されていない。その上ノータナーには、こないだの事は誤ってもいないし、手袋も渡せていない。
朝はいつもレスディさんからプシュケーの状態をチェックされる。この、古代に神から与えられた神聖な場所で生活することが、プシュケーの浄化にも繋がるらしい。そもそも、私のプシュケーはそんなに不安定なのだろうか?
「 今日は空に雲ひとつない穏やかな一日になりそうですね。 昨日はよく眠れましたか? 」
「 ……はい 」
まだ、プシュケーの状態を確認して、状態に応じて浄化を行うという行為に慣れていない私をみて、レスディさんは柔らかく微笑む。天秤での審判を受けるのとは違って、ここでの確認の方法は、レスディさんが私のおでこのあたりに手をかざしてプシュケーの色を見るというものだった。
「 エレーヌ殿下の本来の色は透明なんですよ 」
そう言って、レスディさんは私のプシュケーの色を見るなり、彼の表情はいつも心配そうに、不安そうに眉を下げてしまう。今はいったいどのような色になっているのか、私はわからない。レスディさんはいつも色を教えてはくれなかったから。
そして最も緊張するのが、プシュケーを浄化するという儀式。おでこにキスをされることが浄化に繋がるらしい。これは簡易的なものらしいけれど、プシュケノアの力の一つで、プシュケーへ祝福を与える行為が浄化を促進するらしい。
こんなふうに一日のはじまりからドキドキしてしまう。これが終わったら、神へと祈りを捧げるという日課を終えた、レスディさんから神の力やプシュケーについての教えを受ける。シェニィアとはまた違った切り口で分かりやすく教えてくれるから、勉強になる。
ある日、ここでの生活にも慣れたころ、レスディさんから 「海を見に行きませんか? 」 と誘われた。
海は、あの波に溺れそうになった時を思い出すと少しだけ怖かったけれど、神殿から見下ろした海は風もないせいか、凪いでいる。陽が沈むまでたっぷりと時間もあるからと不安を押し込めて、浜辺へ行くことにした。
私の不安も伝わっていくるのか、レスディさんは私の手をとって案内してくれた。神殿が佇む岸を降りて、浜辺へと進み、海へと近づいていく。ザクっと砂浜に降り立ったころ、突然レスディさんの歩みがとまってそれにつられて二歩後ろで立ち止まった。
「神の力についてご自分の力を試されたことはありませんか? エピソードを思い出したり、不思議な夢を見たことがないですか? 」
そう唐突に尋ねられて言葉に詰まる。
言われてみれば、神の力を持つものと言われて育ってきたが、その肝心な神の力というものがなんなのかわからない。レスディさんのようにプシュケノアという名前がついたものでも無いし、自分の力がわからなければ、レオスやノータナー、エディ兄様達の神から授けられた力についても知らなかった。
私の表情を見て何かを察したレスディさんが話を続ける。
「 通常、神の力はその力を持つものと神の子しか知り得ないことなんですよ。 だから、他の人の力がわからなくても大丈夫です。 ですが、エレーヌ殿下は、ご自分の力が何なのかご存じですか? 実は、その力に深く関わってくるのがエピソードなんですよ 」
「 私、自分の力がなにかわからなくて……。 エピソードなんかも、記憶の箱を開けたばかりで他には何も…… 」
「そうですか……。エレーヌ殿下がここに来て、私と逢う理由は、プシュケーの浄化だけではありません。 ──私はこの世界の秩序を司る者。世界が正しくあれと見守ることと、エレーヌ殿下のプシュケーを見守るのは同義。エレーヌ殿下のお役目を実現させるために、この神殿に滞在していただいているのですよ。神の力を発現させること。それがもうひとつの使命でもあるのです。 」
「 ……それはどうやって……? どうしたら自分の神の力がわかるのですか? 」
そんなの初耳だ。思わず前のめりになってレスディさんに詰め寄ってしまう。神の力なんて、成長と共にわかるものだと思っていたから。そんな急に言われても……。
「 エピソードです。 神の力と密接に関わってくるのが、神に由来したエピソードなんですよ。 それがきっとヒントになるでしょう。この状態ですと、エレーヌ殿下はまだエピソードも発現していないように思います。 」
ここがレスディさんと私の二人だけの空間のように波音さえ聞こえないほど、頭が真っ白になっていくのを感じた。




