再び見た光景
「 ねえ、私たちは今どこに向かっているの? 」
「 ──神殿だよ。……西の神聖な場所に、あるんだってさ 」
そう言ってレオスは私を、少しの間見つめると、私から外の風景へと視線を移した。
(このやり取りを何度繰り返しただろうか? )
レオスは、まるでこうなる事がわかっていたような落ち着きぶりだった。何も触れない。エディ兄様の事なんて一言も話してくれない。もともとあまり話すタイプではないけれど、このいつまでも続く静寂が歪に思えて仕方がない。私は外をゆったりと見れるような状態ではなかった。不安になっては、レオスに質問をした。それも同じ質問。
いつもとは何かが違う不思議な時間が続いた。レオスは時々私のことをじとっと見つめて、私と目が合うとふいっと逸らしてしまう。私たちの視線はなかなか交わらない。レオスの瞳の中に私が映る瞬間がない。以前はレオスの色に私の色が混ざる時があったのに。
気がついた頃には荷物はまとめられてるから、これは、予め決まっていたことなのだろうと予想できた。きっとアーティ叔母様が不足の事態を予測して、避難地として神殿に私たち双子の滞在を提示していたに違いない。わざわざ王宮とは離れた別の神殿に、気軽に足を踏み入れる事はないのだから。
足りないものは現地で調達すれば良いと言われているが、こんな用意周到な荷造りで忘れ物はないだろう。
エディ兄様は無事だということは知っているけれど、どんな状況なのかこの目で確かめたいという私の気持ちは置いていかなくては、ならないみたいだ。
自分の中の暗いモヤモヤしたものに、私が深く呑み込まれていこうとする度に、何かを察したレオスが誰かに何か合図をする。そうするとノータナーが、私がいつも飲む、あの薔薇色の飲み物を差し出してくる。
その仕草があまりにも、できすぎていて、かえって不自然さを覚えてしまった。もしかしたらレオスは以前から知っているのではないか──。と。
疑心暗鬼になった私は、無言で何も触れてはいけないような空気が流れるこの時間に、ついに疑問を投げかけてしまった。
「 ……ありがとう。 ……ねぇ、レオスどうかしたの? 」
「 別になんでもないよ…… 」
今度は目をそらされて、頬杖をついてそっぽを向いてしまった。話す気はないらしい。ノータナーは何も知らないのか、私の飲み終わったあの杯を回収してくれた後、似たような紋様が描かれた箱に丁重に仕舞い込んでいる。
心配そうな視線を向けてくるのに、何も言ってくれない。この小さな違和感までも、私の不安を助長させているというのに。誰も核心に触れない、いや、わざと、エディ兄様のことは話さないようにしたまま、ただ時が過ぎていった。
神殿は海のそばにあるらしく、海沿いを進んでいく。潮風が私の髪を揺らすたびに、兄様とレオスと三人で海辺まで行ったことを思い出して、後悔という感情によって心臓が締め付けられていく。
( エディ兄様を置いてきてしまった。本当にこれでよかったのかな…… )
私が迷っていたせいで──!
それとも、判断が遅れたから──?
それにまだ、思い出していない何かがあるのかもしれない。それが重要なことだったの──?
私は、戻れない過去と紡ぐことができなくなった未来に思いを馳せて、切なさに追いつかれそうになりながらも、ただ通り過ぎていく風景を眺めているだけだった。
外の波の音が一段と激しく聞こえてきて、次第に海も闇に近い色に変化していき、日暮れがより一層近いことを示していた。ほの暗いこの気持ちごと海に攫われてしまいそうになる。私はただぼうっと、太陽を呑み込もうとしている海を見つめていた。
あの時と同じ黄昏時に海を見ても、美しいとは思えなかった。見晴らしのいい高台で見た光景をみた時に抱いた心情も、あの頃と変わっていた。場所も変われば、今隣にいるのもレオスだけ。
キラキラと輝く宝石のような三人で過ごしたの想い出が私の頭を駆け巡っていく。あの綺麗な煌めきが今となっては、虚しい思いとなって灰のように降り積もっていく。かつて宝石のように美しいと誰かに例えられた、私のプシュケーも濁ってしまうだろう。いっそ、このまま──。
「 エレーヌ!! もうすぐ着くみたいだ 」
暗くて深いやるせない気持ちの中に沈みこみそうになった時、私の思考を引き上げるようにレオスが声を張り上げた。同時に、私の片手は、離さないと言わんばかりにレオスの手に握られる。久しぶりに手を握られた。珍しい。
「 あっちだよ、エレーヌ! 」
彼にしては珍しく大袈裟な身振り手振りで、ある一点を見るように言われる。その必死さは、まるで私を繋ぎ止めようとしているようだった。お陰で、海に呑み込まれずに済んだ。暗闇に惹き込まれそうになった私のプシュケーは対によって掬い上げられたのだった。
レオスが指差す方向を見ると、真っ白で厳かな雰囲気を醸し出している建物が丘の上に建っている。闇が空を覆い尽くす前に、目的地に到着したらしい。暗くなりかけている空が一層その存在を目立たせていた。
「 ──あれが、神殿? 」
「 そうだよ、はあ、やっと着いた……!! 」
私が問いかけると、レオスはそう言って私の目を見つめると、心底安心したように、握りしめ続けていた手の力を少し弱めた。同時に空気が凍てついているように張り詰めていたこの空間にも、あたたかさが戻ってきた。
その時、自分の手がとても冷たくなってしまっていることに、はじめて気がついた。




