宿題
全てを肯定してくれるような笑みを口元に浮かべて、間違っても優しく答えに導いてくれるだろう表情を私だけに向けた、夢の番人さんが、答え合わせをしてくれる。
「よくできました。 ≪デュミィアス≫ とは王の子。すなわち、この国の ≪神の子≫ を表す言葉です」
「──え、二つの意味があるの? 」
私が質問をすると、彼は嬉しそうに、長いまつ毛で彩られた目を、太陽の光を浴びて輝く新緑のようにキラキラと輝かせた。
そして、知らぬ間にいきなり夢の番人さんの教えがはじまったのだった。
「えぇ、この国の王族の子は大体は神の血を引くもの。ですので、神の子となりますね。そして真の ≪神の子≫ とは ≪神の力≫ を持ち、何者にも侵されない ≪ プシュケー ≫ を持つもの。これがこの国の次の王になれる条件の1つです。他にも王と認められるための理があるのですが…… 」
初っ端から、三段論法を使って説明をされた。
( うーん。これは、メモが欲しい )
私の夢見うつつの今の頭では、到底理解が及ばなかった。それを察したのだろうか、夢の番人を名乗る、この夢の中での私の先生は、「今日はこの辺でやめにしておいた方がよさそうですね……」とそう判断したところで、まだ言い足りないことがあるのだろうこう付け加えた。
「まあ、最後にもう一つ! 例外的に王族以外にも ≪神の力≫ をもって生まれてくることがごく稀に起こってしまいます。……それに、ここだけの話、実は、神の血をひき ≪神の子≫ であり ≪神の力≫ を持つ者でも、残念ながら、感情のコントロールが難しいと王の資格を持たない者もいますし、王になり得る資格を持つものでも継承を辞退──、おっと? 」
( 王族でも王になれる者の選定基準があるってことなのかな? )
私がこの働かない頭で考えた一つの仮定を質問する暇はないようで、今回の授業はここできりあげるようだ。
「まあ、詳しいことは追々ですね。貴方はとても珍しい。それに貴重だ。こんなに運命に、エピソードに囚われている ≪神の子≫ はなかなかいないでしょう 」
誰か他の人が来る予感がするのか、誰かの介入を良しとしない、目の前の彼は、話し足りないと名残惜しそうにしつつも、外を気にしはじめた。
しかし、私が一生懸命に理解しようとしているのが伝わったのか、夢の番人さんは私の目をじっと見つめて再度言葉を紡ぎだす。
「また例外的に私のような ≪アポスフィスム≫ と呼ばれる者も居るのですが、珍しいのかここでは警戒されてしまって……。まあ、私がこんなですから仕方がないのでしょう 」
これまた出てきた知らない言葉に私は混乱してしまう。
「 ≪アポスフィスム≫ とはなんでしょうか……? 」
なぜか、自らのことを卑下するように、綺麗な眉を下げて悲しそうな顔をしている彼に対して、どう慰めてよいのかわからず、私は思ったことをそのまま声に出してしまっていた。表情もそれに伴い困惑しているかのように見えたのであろう、目の前の青年は自分のことはお構いなしに、話し足りないとでも言うように、時間を気にしながら、今すぐにでも全てを説明したい気持ちがあるのか、少々早口で別れを惜しむ言葉をその薄くて綺麗な唇から発した。
「ふふ……。そんな困ったような顔をしないでください。何処に行っても邪険に扱われているので、こうして貴方とお話しできるだけでとても嬉しいのです。あぁ、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますねぇ 」
別れの時間は直ぐそばまで迫っているようだ。だが、案外離れるのが名残惜しいのか、私の両手をとって上下にふりだす青年に私は何も言えずにいた。
「 ≪アポスフィスム≫ については宿題にしましょう。次に会うまでに正解を探してみてください。これで私に出逢える楽しみが出来ましたね 」
また会う約束を一方的に取り付けた夢の番人さんは、もしかしたら、人とあまり関わりがない人物で、おそらく人恋しいのだろう──そこから推測すると、この ≪アポスフィスム≫ という言葉は良い意味ではないのかもしれない。彼は何かを察知したように、部屋の外を見て、苦笑いをした。
「おっと、彼がお怒りだ。見つかる前に行かないと。何をしでかすかわかりませんからね……。この世界でのさよならの挨拶をしましょうか 」
そう言って、夢の番人を名乗る先生はもう一度私の方を向く。さよならの挨拶とは、とわからないでいる私を見て、より一層微笑みを深くすると次の瞬間、片膝を折ってから私の目線に番人さんがきた。そして、いきなり私の顔に近づいてきたと思ったら、額にキスをした。それは、さながら愛しい子におやすみのキスを贈る母親のようだった。
「え、えええ……?! 」
私が番人さんの咄嗟の行動に理解が出来ず、唖然としている中、「貴方のプシュケーが清らかなままでありますように。──また会いましょうね 」と、そう言って、私が驚いて目をぱちくりしている間に、夢の番人と名乗る人物は物音もたてずに居なくなっていた。
謎の人物と一瞬の出来事。後から思い出せば、彼の言動からもっと大事なことに気づけていたかもしれないのに。不思議な点は沢山あった。
おそらくここが最初の分岐点。ここで彼に何か抵抗していたら違う運命を辿っていたのかもしれない。
──なぜ私は夢だと信じ込んでいるのか?
──どうして ≪プシュケー≫ と言う言葉の意味に疑問を持たなかったのか?
──自称:夢の番人が言った言葉を疑いもせず、この夢だと言われた世界に無意識のうちに少しずつ適応していっていること。
私は、夢だと思い込むあまり、冷静な判断ができなかったのだろう。もしくは、夢の番人の催眠にかかっていたのかもしれない。疑問点がシャボン玉のように浮かんでは消え、また浮かんでは消え……。
結局最後には、なんと自分の寂しいという感情が勝ってしまった。
初対面の彼が居なくなって心細いという気持ちは、客観的に見てこの状況では似合わないないはずなのに。次はいつ会えるのだろうかと再会を願う自分がいた。ひとりにしないでと誰かに縋ってしまいたい。助けてほしい。
この時の私は、いきなり出会った人に、宿題を与えられ、その場に立ち尽くすしかできなかった。
まるで知らない土地に置き去りにされた、ひとりぼっちの子供のように。
「……っはぁ、エレーヌ! 部屋にいる? 」
そんな私を慰めてくれるような、私を落ち着かせてくれるどこか懐かしい声がした。
夢の番人と名乗る不思議な青年と入れ違いに、誰かが慌てて部屋に入ってきたのだ。