兄様たちと私 Ⅱ ー『オルフェリアの希望』より
エディ兄様に肩を貸して、兄様の寝室まで二人で連れ立って歩く。久しぶりにエディ兄様に触れてわかったことだけど、いつも鍛錬をしてくれる、レオス兄様と比べて、エディ兄様の肩は骨張っているように感じた。以前に比べてまた痩せてしまったみたいだった。こんな体調で、稽古はできているのだろうか? 心配になってしまう。
( 初陣の儀も近いのに大丈夫だろうか──? )
この国では、 ≪神の力≫ を持っている王族は初陣の儀を執り行う。私も最近初めて知ったことだからよくわからないが、己の力を周りに証明するものらしい。エディ兄様はその儀式のために日々忙しくしているが、おそらくその疲れが出てしまっているのだろう。兄様の力は強いが器が脆く、プシュケーも不安定なことが多いから、周囲はハラハラしている。
エディ兄様の部屋に着く。書斎に置ききれなくなったのだろう、さまざまな分野の書物が部屋に綺麗に整頓されて置かれている。
「ここでいいですか? 」
「ああ、ありがとう。ユディにも迷惑をかけてしまったね。私が歳上なのに 」
「エディ兄様、そんなこと言わないでください。 私たちは従兄弟でもあり、仲間でもあるのですよ 」
兄様を寝室まで連れて行き、そっと寝台に寝かせると、エディ兄様は申し訳なさそうに眉毛を下げて悲しそうな表情をする。そして、いつもこう謝ってくる。兄様がこうなっているのも ≪神の力≫ のせいで兄様はどこも悪くないのに。まるで自分を責め立てるように毎日を過ごしているのだ。≪エピソード≫ なんて、力の代わりに強制的にもらった罪でもあるんだ。兄様をみていると胸がひどく痛む。エディ兄様は、 ≪エピソード≫ が未完成なことはもう確定してしまっているのに。
「神の御心のままに、とはいうけれど、私は一体どうしたら良いのだろうかね──」
かたちの良い眉を下げたまま、エディ兄様は私にいつも似たような質問をする。それは私の方を向いて投げかけていないのは確かで、自問自答なのに、私はいつも答えようとしてそれでも答えが出せないでいた。どう答えるのが正解なのだろうか? 私とエディ兄様は、正反対だから、条件が一致しない者から兄様に何を言ったって、兄様にとってはそれさえも、プレッシャーになってしまうのではないかと思ってしまう。私から目線を外し、窓の外を眺めていた兄様が、急に私の方を振り向いた。
「……ユディ、君を困らせるわけではないんだよ。ただ──」
その次に言葉が続くことは、なかった。
「ただ? 」
──羨ましいだけなんだ。 エレーヌと一緒にいれる君が。
ユディ兄様がこぼした言葉は誰も拾うことができずに、時の海の底へと沈んでいってしまった。
どんよりとした雰囲気を打ち消すように、ぱっと、ユディ兄様は少し無理をして、明るい話題を提供してくれる。
「エレーヌはどう? レオスとは会えるけど、エレーヌとはなかなか会えなくてね…… 」
エディ兄様はエレーヌ姉様の役目を担っていたからか、しきりに姉様の心配をした。話している所はよく見るけれど、誰かから姉様の話を聞くのが好きみたいだ。これはレオス兄様とちょっと似ているところ。そんなことを考えて、少し嫉ましく感じてしまう。本当に実の兄弟であることが羨ましい。それに、エレーヌ姉様が頼ることのできる唯一の兄であるという、その役割に嫉妬してしまう。
私も従兄弟だから、と、優しい姉様も他の兄弟と同じく私に接してくれているし、兄様たちも実の弟のように私を可愛がってくれている。けれど、姉様はエディ兄様やレオス兄様とも性格も、どこか纏った雰囲気もやはり異なっていて、エレーヌ姉様はその中でも特別だった。これは、憧れにも似ている。それはエディ兄様とレオス兄様にも抱いている感情なのは確かだけれど、二人は姉様のたったひとりだけの兄であり、たったひとりだけの双子の兄弟だ。なぜだか、兄様たちに対する対抗心が憧れのなかに込められてしまう。
「エレーヌ姉様はお元気ですよ。 最近は私の怪我も治療して貰っているんです 」
「あぁ、だからエレーヌの気配がしたんだね。 ユディは気をつけた方がいいよ 」
やっぱり、といった表情をエディ兄様はする。にっこりと、穏やかな笑顔を久しぶりに私に見せてくれた。でも目は笑ってはいなかった。
そういえば、いつから感じ取っていたのだろう? 私のどこから、エレーヌ姉様の気配がしていたのだろう?
「え? それはどういう──?」
私のどんな仕草から気づいたのだろうか、それは兄弟だからわかることなのか、聞いてみようにも、はぐらかされてしまった。
「──あまり怪我をしないで欲しいってことだよ 」
レオス兄様がエレーヌ姉様が絡むごとに嫉妬するように、最近のエディ兄様も姉様の話をすると、どこか雰囲気が変わってしまう。以前からこんな表情や雰囲気を漂わせていただろうか?
私は疑問に思いつつも、それをレオス兄様と同じような嫉妬心からくるものだと、見間違えてしまっていた。
兄様たちと私 Ⅱ ー『オルフェリアの希望』より




