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まどい ー私か僕かー






 ≪神の力≫ をもつものたちは、人間界における神の代行者である ≪神の子≫ 、ミィアス国王によって管理されているが、稀にそれとは別に、特別な方法で力を縛りつけることがあった。王によって力は封印される。枷をつけるとも表現されている、力を縛りつけられたそのものたちは、同時に重要な使命を与えられ特権を保持した。俗称では神の子からの首輪とも言われている。

 そしてその枷をつけられた者は、次世代の ≪神の子(王の子)≫ と契約し、その子が王になるまで、守護し、時には仕えることもある。互いに守り、見張るとも言ってもいいかもしれない。古い文献に残されていたその誓約を活用して、アーティとシェニィアは新たな縛りを創り出した。血を使い主従関係を成立させて、特別な鎖として具現化したそれを ≪血の契約≫ と名付けた。

 ≪血の契約≫ それは、≪神の力≫ をもつ者同士の特殊な契約で、聖遺物を媒介とする。それを証明するは、神の代理であるミィアス国王だ。力を縛り付け管理するもの。この契約は枷にも鎖にもなり得る。理とはまた違った、プシュケーを縛るものだ。これが創造された背景にも、現在ミィアス国が抱えていた問題が関わっていた。これは、主に王の負担を少しでも軽くするためだった。

 枷をつけた王にも力の限界がいつしか訪れる。結んだ王が弱体化すると、その効力も衰え、次世代の ≪神の子≫ へ継承が必要で、正式な儀式がない場合は壊れてしまう。首輪を外された獣は野に放たれたらどうなるのか。それは想像も容易いことだろう。

 力を闇雲に使用し、やがて耐えきれなくなって ≪呪い≫ を発現させ、新たな脅威となり世界を喰らう。最も恐ろしい場所から ≪破滅≫ を引き連れてくるのだ。

 不幸なことに今のミィアス国王は、弱体化していた。今にも崩れそうな脆い枷を辛うじて繋いでいる。自らの死の運命と引き換えにして。そのためにも、特に力が特殊な(からだ)が未成熟なものには ≪血の契約≫ としての鎖も必要だった。これは、二重の鎖となって、少しでも、王や契約者の負担を軽減できるようになる。

 もちろん、この(契約)にもデメリットはあった。血を必要とした契約は、その鎖で繋がれた者を血で狂わせてしまう。エレーヌ殿下にはその心配はないという。殿下は他の者が持たない、特殊な契約の箱、記憶を持っているから。もとからの僕の性質もあって、血を欲してしまうのは私の方だった。


 探していたエレーヌ殿下が、窓から舞い降りてきた。月光に照らされたそのお姿はとても美しいはずなのに、無事で戻ってきた事に安堵するべきなのに、私の中で不快な感情が勝ってしまった。まるで周りの者を牽制するかのように、西の塔の気配をエレーヌ殿下の全身に纏わせて。思わず眉を顰めてしまう。 

 私が怒っていると思っているのだろう。私の感情を治めようと、汐らしく言葉を紡ぎだした殿下が愛おしい。ぼんやりそう思ってしまった。しかし、私に近づいてきた殿下に異変を感じたのもその時だった。

「……っ、血の匂いがする 」

 微かに殿下から血の匂いがした。ああ、なんて芳しい香りなんだろう。その血がもっと欲しい。ああ、エレーヌ殿下の全てを僕のものに──!

 (……!! いけない。この感情に委ねたら )

 だめだ。だめだ。と自制する。自我を押さえつけて、殿下に異変がないか、エレーヌ殿下のプシュケーを目に見える形にした(ぎょく)をひと撫でして確認すると、清らかなプシュケーの中に他の者が入り込もうとした形跡があった。


 ──それが箱を開ける鍵になってしまった。


 怒りが、感情が、コントロールできない。そんなはずは、ないのに。ラシウス陛下に封印してもらったはずの僕が顔を覗かせる。エレーヌ殿下が誰かに穢される。そう思っただけで、枷がミシミシと音を立てて崩れていく気配がした。

 エレーヌ殿下の血の香りで頭が酔いしれたように自制できなくなっていく。理性も何もかもなくなってしまう。こんな状態の中で、僕が出てきて、乗っ取られてしまったら──。このままでは、エレーヌ殿下を害してしまうだろう。

 様子がおかしくなった私に気づいて、近づいてくるエレーヌ殿下の言葉を遮り、拒絶するように、無礼を承知でその場から走って逃げてしまった。そして、傷の治療などは他の者に任せるように、手筈を急いで整えた。


 エレーヌ殿下を強く求めているプシュケーを、残り僅かな自制心を総動員させて押さえつけた。

(今は距離を取らなくては! 私と僕でエレーヌ殿下を穢してしまう前に── )

 いくら、膨大な力を持った王から、縛りを受けたとて、所詮は神からの運命の方が強い。王の力が弱体化し、聖遺物の力を頼らざるを得ない、昨今の状況の下では、縛られて王により封印されていた、僕が目を覚ますことも必然的な運命だったのかもしれない。 

 (ああ、これがきっかけの出来事になるなんて思いもしなかった )

 大切なエレーヌ殿下を傷つけてしまうなんて、私自身が恐ろしくて自分が嫌になる。なのに、僕はそれを望んでいた。エレーヌ殿下の大切なものになりたいという気持ちは一緒なのに、私は血肉になりたい。僕は血肉を欲してしまった。全くの正反対なコレは、主人に守るべき人に向ける感情ではない。歪な穢れた思いだ。

 これから成し遂げようと準備していた、 ≪コンプレックス≫ を克服することも、そして克服することにより、さらに膨大な力を手に入れたとて、こんな弊害、僕による邪魔があるとは思いもしなかった。眠っていたはずの僕が、目を覚ますなんて、よりにもよってこんな感情を秘めている、なんて知りたくなかった。

 (ああ、僕が居なくなって、エレーヌ殿下に抱いている感情が、 ≪コンプレックス≫ だと知った時は、こうなるとは思いもしなかった…… )

 僕に聞いてみても、それは気が付いたらいけない感情なのだろう。  

「エレーヌ殿下の気配、香り、そして彼女の清らかで美しい、決して誰も汚してはいけないプシュケー。どれも僕だけのものに、僕のエレーヌ殿下にしてしまいたい 」

 これの感情が執着だとわかるのに時間は掛からなかった。何故なら僕がでてきてから、それ以降、周りの者が抱くエレーヌ殿下に対する感情を読み取ることにより敏感になってしまったから。

 過剰反応をしてしまわないように、守るべき方を傷つけてしまわないようにと、この執着心を忠誠心──清らかな、愛おしいと思う気持ちで──で、蓋をした。歪な恋心もこの箱にしまわなければいけないのだが、私を保つためには必要だろう。


 ラシウス陛下の ≪神の子≫ の力にガタが来ていることは、側近はみな周知の事実だった。それでも、次の ≪神の子≫ への継承式を行わない理由は沢山ある。いくつもの()が絡まっている現状において、更なる問題が生じていることをまだ知らなかった。


 ──僕を閉じ込めていた部屋の鍵が開いたことも。


 僕がエレーヌ殿下を狂気的な目で見つめている事も気づいてしまった。私は僕をコントロールしようと稽古に励む中、僕はもう枷も外して、感情を支配しようとしていた。だから、私は戸惑う時間なんて残されていない。


 あれ以降、プシュケーを安定させるために暫くの間休暇をいただき、エレーヌ殿下と強制的に距離を置いた。だか、その期間は苦しくて、夢の中にも出てくるエレーヌ殿下を、どれだけ抱きしめて攫いたいと思ったか。

 そんな思いも僕と一緒に鎖に繋げたらいいのに。エレーヌ殿下のためならなんでもできる。そう思ってから、努力に努力を重ねた。私が殿下の隣にいるのが相応しいと思ってもらえるように。今はまだ早いが、大きくなったらもっと色んな脅威から守れるように、エレーヌ殿下を独り占めしようとする者たちをも寄せ付けないように、私が強くならなくてはいけない。


「今日は、久方ぶりにエレーヌ殿下にお会いできる日だ。 前回のことのお詫びをして、それから…… 」

 今までとは少し違う気持ちで、私たちの繋がりを形にしてくれている(ぎょく)を握った。この想いはいつまで隠し続けることができるだろうか? エレーヌ殿下に触れられないことに耐えることができるだろうか? 鍵が外れてしまわないように、誓いを込めるように(ぎょく)に唇を近づけた。











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