表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/85

ゆらぎ







「ノータナー……。あのね、なんてことはないの。 ただ、外の空気を吸いたくて…… 」

 消えた主人が、突如窓から現れたノータナーの気持ちが彼の驚いた目と青褪めた顔から読み取ることができた。最近少しずつ柔らかくなってきた、彼の表情の変化をこんな時に知りたくなかった。ガッと鈍器で頭を殴られたような後悔が私を責め立てる。

 (こんな筈じゃなかったのに。浮かれて、ノータナーがどう思うかなんて、彼の立場も考えずに軽率な行動だった…… )

 彼は戻ってきた私をみてもなお安心はできていないようで、額には汗が滲み、彼の声は震えていた。あのいつも冷静なノータナーはいない。私の目の前にいるのは何かに怯えた少年。とても最年少で ≪血の契約≫ を結んだ子には思えなかった。

 私の寝室であった部屋を見回す。私を探して最悪の想定もしていたのだろうか、探し回ったであろう家具や寝具は乱れ、主人の不在に驚愕して落としてしまったであろう、夜寝る前に淹れてくれる飲み物の器の破片が床に散らばっていた。ここまで、慌てて──。

「ごめんなさい。 ……ノータナーの不在の時に外に出ていたの。 貴方を信頼を裏切ることになってしまって…… 」

「……の匂いが…… 」

「心配をかけないようにするから…… 。ノータナー──? 」

 私はノータナーに謝るのが必死で、彼の様子がいつもと異なるのに気づいていなかった。正確には、彼の様子が違うとわかっていながら、その理由は私が彼の居ない間に何処かへ行ってしまったから、私に失望して怒っているのだと思っていた。 

 

 ──私は選択肢を間違えた。


 窓の近くにいる私と書斎へ続くドアの近くにいるノータナーとはやや距離がある。彼の様子を確かめようと一歩踏み出した。足元で散らばった何かを踏んだ音がした。

「──っつ!! 」

 ノータナーが何かに怯えるようにしゃがみ込む。頭を抱えて……震えている? 目線は私を捕らえたまま、瞳の奥には失望や恐怖とも違う色が映っている。とても、心配ていた主人を見つけて安心している様には見えない。怒っている風にも感じられない。──何かがおかしい。

「ノータナー、ねえ、どうしたの? 気分が悪いなら誰か人を──」

「殿下、お気になさらず!! 」

 私の声は、彼の聞いたこともない悲痛な叫び声によって遮られた。いつも歳下の私を怖がらせないためにと、大声を出すことがないように、いつも心がけている彼から発せられた拒絶反応に驚いて、彼の肩に触れようとした手は宙に浮いたまま私は固まってしまった。私たちは無言で見つめ合う。沈黙を破ったのは、荒んだ息を整えて目を逸らしたノータナーだった。

「も、申し訳ございません。エレーヌ殿下。……何処か怪我をされていませんか? 」

「怪我……? あっ、」

 よく見ると、左足に切傷が出来ていたことに、彼に指摘されて初めて気がついた。今まで、焦っていたのでアドレナリンが出ていたおかげで痛みを感じなかったのだろうか。傷口は浅いが鋭いもので切ってしまったのか血が滲んでいた。少しヒリヒリする。でも、私がわからなかった怪我をなぜ彼は知っているのだろう? 疑問に思いつつも傷から流れ出ている血を拭き取ろうと、外套を捲った。

「殿下……! 」

「ごめんね、傷は浅いから心配しないで。 それにしてもよくわかったね。 気がつかなかった 」 

 傷口から流れている血を拭いつつ、ノータナーの方を向いて、大丈夫だと安心させようとした。

 でも、私は見てしまった。私の色にノータナーの目が染まりつつあることを。暗闇の中で灯された篝火のようにゆらゆらと揺れている。目の色が変わる──なんて、そんなこと今まで見たことが聞いたことがない。いよいよ私まで冷静にはいられなくなってしまった。彼の顔に近づいた。

「ノ……ノータナー! どうしたの?! 目の色が、変わって── 」

 私に言われて己の目の変化に気がついたのだろう。ノータナーは目を私から見えないように両手で覆い隠して、私と離れるように後ずさっていく。

「そんな…… なんでっ……! ──殿下、申し訳ございません。 怪我を手当てする者と部屋を片付ける者を呼んで参ります 」

「──ノータナー、待って! 」

 冷静を欠いた彼は、そう叫んで私から逃れるように慌てて部屋を出ていった。私が引き起こした出来事なのに、何もできずに迷惑をかけた。だから謝りたかったけれど、これは確かな彼からの私への拒絶に感じてしまった私は、どうしたら良いかわからないまま、他の者達が来るまでその場でしゃがんで動けなくなってしまった。

「ノータナー、何があったの……? 」

 こんなこと今までなかったはずなのに。


 記憶を辿っても見つからない。唯一、読めていた原作を思い出そうとしても、ノータナーの目の色が変わることなんてなかった。私と ≪血の契約≫ を結んでしまったせい? 私が彼と途中まで築けていたと思っている、信頼関係を崩してしまったから? それにしても、そんな目の色が変化するなんて──。

 ここでふと思い当たるのは、原作で、エディ兄様が暴走を起こしてしまってから、性格も髪型も変わってしまったことだ。その上、人格が変わってしまったように、他の者との距離を取るようになった。もしかして、こういうことが今ノータナーのなかで起こっていて、何かに影響を与えてしまっている?

 (どうしよう…… 。取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない )

  

 ──彼との糸に絡まりが生じた。解けない何かが。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ