ある計画 Ⅱ
私の力は特殊だ。それを教えてくれたのは先代の王。我が父。そして使い方を導いてくれたのは叔父。二人とも、とっくの昔に儚くなってしまったけれど私にとって大切な家族だった。
私は少しだけ人とは違うところがあった。西の塔にいるアポスフィスムの彼とも違う。エレーヌとはちょっと似ているけれど、厳密には異なる。あの子はひとりで複数のエピソードをもつ神々に愛された子。
私の場合は、双子のもう一人が胎内で私に吸収されたことによって、本来ならこの世に生まれてくるはずだった双子の兄弟の分の ≪神の力≫ も私が持っている。 ≪神の力≫ が由来しているのが二神いる。いわば、力は二倍だが理も二つの間を彷徨っている状態。天秤の審判でいつも右に傾くけれど、たまに数年に一度は左に傾いてしまう、こんな極端なプシュケー、胎内で融合してしまったプシュケーを生まれた持った私は、これを有効活用するために、研究者の道を選んだ。王位を継承したら弱点が増えてしまう。
私に少しだけ似た状況の、少年を見つけた時もあった。あまりにも不安定だった為に、彼はもう一人の彼を縛る必要があったが、その後、暴走を起こしていないのでこのままプシュケーが安定し続ければ安心できる。エレーヌとの ≪血の契約≫ によって証明人のラシウスが死なない限り、彼は狂わない。狂気は封印した。次の王へと継承の儀式と共に彼の縛りもそのまま引き継がれるはずだ。
私と一緒に、この世に生を受けなかったもう一人は器もなければ自我も意識も持たない。ただ、私たちのこの国の将来のために、ギフトを残していってくれた。
この世に生まれてこなかった兄弟を思い、この、特異性を何かに活かせないだろうかとはじめたのが、我が一族のそして ≪神の力≫ の研究だった。いまでは、その知識がこんな形で役立つとは思わなかったが。
歴代の研究を引き継いでみて、現実が見えてきた。≪神の力≫ に関する研究はこの国が最先端を牽引している。研究内容、実験結果、データの分析、史料も沢山ある。一部を除いて、ほとんど完璧。なのに、いつもある研究には行き詰まってしまっていた。
── ≪神の子≫ と聖遺物の安全な継承方法。
≪神の子≫ である国王は神の代行者として重要な責務を持つ。ミィアス国ではこの国を統べるのは勿論のこと、 ≪神の力≫ を持つものたちの管理もしなくてはならない。
王であっても、器は人間。人間は脆く儚い存在、人間は神の理に翻弄されてしまう運命だ。
ある王は、生まれながらにして不死身の力を手に入れたが、当然器が持たなかった。またある王は、己の力を活用して戦争で先陣を切って、誰よりも敵を撃ち勇敢に闘ったが、エピソードが発現して、その理通りに実の子に討ち取られてしまった。
これまでの歴代の王たちの死因は、私たち兄弟の頭を悩ませた。殆どが器が耐えきれなかった王か、エピソードが狂ったことによる不慮の死だ。≪神の子≫ の継承式を終わらせていたのが不幸中の幸い。よくここまで、血を絶やさずに続いてこれたとさえ思う。
私たちの器には限りがある。だから、次の ≪神の力≫ をもつ者たちを管理して導く存在として ≪神の子≫ を必要とした。その者に選ばれるには条件がある。 ≪神の子≫ には神により近い存在である証、いわゆるプシュケーが純粋無垢で清らかな、その時代で一番力が強い子が選ばれた。
≪神の子≫ は神に最も近い存在であり、その人間の器に膨大な負担がかかるため、かつて神から授けられた聖遺物が手助けをしてくれる。そして ≪神の力≫ をもつ者たちを管理するため、神からの代行の権利を次の子へと継承する正式な儀式を毎回必要とした。
『三つの聖遺物が何一つ欠けることなく揃ったまま、継承式が正式に執り行われたならば、人間と神、そして神の力をもつ者たちの調和がとれ、次の時代も平和を維持できるだろう 』
──この言葉は、ミィアス国の聖なる場所に刻まれている。私たちが何代も伝えてきたこの言葉の通り、幾度となく禍いや争いに苛まれたこの世界で、神の時代から存続している国はミィアス国だけだった。
だが、ミィアス国においても年々問題は多くなるばかり。安寧を維持して ≪呪い≫ を避けて ≪破滅≫ への危機を乗り越えるための研究が急がれている。次の世代にも力を存続させるために日々徹夜漬け。でも、護るものがあるのだから平気だ。
実際、プシュケーが不安定で器が未成熟の次世代の ≪神の子≫ には負担が大きいだろうと、継承式を遅らせているのが現状だった。これでは、万が一のことが起こったら ≪破滅≫ の危険性がある。継承されてきた三つの聖遺物のどれかひとつでも欠けると、破綻してしまう調和と平和にも兼ねてから問題視されていた。
そのはじまりは突然で、ある日、ラシウスから急ぎの用事があると呼び出された。「エディの予言を夢で見てしまった」と、顔を真っ青にさせた弟はエディが直面する将来を思って私に相談してきた。
≪神の力≫ を持つものが由来している神の理、いわゆる予め決められている運命。器やプシュケーは ≪エピソード≫ 通りになるように動いてしまう。 ≪エピソード≫ を知ることができるのは管理している王はのみ。先王曰く、≪エピソード≫ をもつ者に成り代わった、実体験のような夢をみるらしい。王がそれを他の者に開示するときは大体、危機が迫っているときのみだった。
「エディの ≪エピソード≫ が一番発動したら厄介だな……。 あの子は未完成だろうから、混乱に飲み込まれつつある、今の彼の器をどう救うかが目下の問題みたいね 」
「……そもそも彼の ≪エピソード≫ は完成は不可能でしょう。このままでは混乱を起こす、もしくは狂って ≪エピソード≫ が書き換えられてしまう。 いずれにせよ、何かしらの犠牲はあるでしょう…… そのためには、アレを実行するしか考えられませんが? 」
冬の夜空はいつもより空気が澄んでいて、星が見やすい。暗闇に散りばめられた星々を見ながら、これから起こりうる最悪を想定して口にだすと、隣から返答がかえってきた。いつのまにかいけ好かない戦友であるこの国の宰相がいた。これでは、頭を冷やす意味がないじゃないか。
この男は私たちが親族を大切に思っていることを知ってもなお、その子たちと国や世界と天秤にかけるように仕向けてきた。
「混乱に飲み込まれても、正気に戻せばいいだけのこと。 器が耐えられればのことですが、幼少期の病弱だったエディ殿下はエレーヌ殿下とアストレオス殿下が生まれてから強くなりました。 命は助かるでしょう──」
本当は王にも匹敵する力を隠しもつシェニィアは、私たちにとっても、この国にも必要な人物になった。彼の力を見抜こうと思えば見抜ける環境で、優しい我が弟はそのまま宰相として彼を起用した。そして彼の知識には私たちの研究にも役立っている。
この国の存続の危機に日々頭を悩ませていた、私とラシウス王の目の前で、エレーヌの器とプシュケー、◆をいじってみせた。エレーヌに飲ませている果実酒は彼女との融合を手助けするものと聞いている。この男が興味があるのはその先、常にエレーヌを見ていた。
実際、穢れに弱いエレーヌが拒否反応を起こさずに、むしろ ≪神の子≫ にふさわしいほどの力が、だんだん開花していっているのだ。
「シェニィア、全てあなたの思い描いた通りに進んでいる感想はどう? 」
「……私は、預言者ではございません。ただ、陛下の忠実な下僕として力を振るうのみですよ」
月を見上げて、口元に笑みを浮かべるシェニィアは勝ち誇った表情をしていて、本当に気に食わない。彼の目的は、エレーヌだ。それは私たち家族の中での共通認識。エレーヌはまだ不完全なのに、こんなにも神を惹きつける。
「それに、最後はアーティ殿下次第ですからね…… 。倫理観をとるか国の将来をとるか、委ねられたのは殿下です。力を入れ込んだらすぐに発動します 」
実際、シェニィアに誘導されているのではないか? 最善策は、誰も犠牲にならない方法があると、私はこの数年間探し回った。他の国の事例を洗いざらい見尽くした。道筋を立て、途中で条件が合わず破綻し、また最初から検討を繰り返しても、一番最適な方法はコレしかなかった。
(まるで最初からシェニィアに頼らざるを得ない状況ね、まさに運命そのものだとでも言うように……)
エディの予言をラシウスから伝えられてから、狂ったように、破滅を拒む方法を探った。エディの囚われている理である、父親殺しは避けたい。それが ≪エピソード≫ であって彼の ≪コンプレックス≫ として克服すべきものであったとしても。
私の ≪神の力≫ はこの時のため。使い道はこの国を守るため。それでも、巻き込みたくはなかった。王族の義務とはいっても、継承と聖遺物の保全のために、この子を生み出してよいのだろうか──?
私ひとりだけでは背負いきれない葛藤や罪の意識は、不器用だけど優しい我が弟のラシウスが見抜き、兄弟でこれの罪悪感を背負うと誓ってくれた。もっと智慧がアイディアが欲しいと願った私に、ラシウスがシェニィアを引き寄せたのもきっとこの国を守り、世界を ≪破滅≫ させないため。
──歴代の王たちが避けていた禁忌を、私たちは赫そうとしている。




