理由
ポロポロ、ポロポロ。透明な宝石は止まることを知らない。瞬きを忘れてしまった、レオスのふたつの目は輝きを一層深くした。場違いにも、レオスの目もきらきら流れている涙もどちらも美しくて、芸術作品のようだと思ってしまう。
レオスはこんなふうに綺麗な泣き方をするんだ。慰めの言葉をかける前に、彼の頬を濡らす透明な煌めきを一雫、指の腹でぬぐう。それでもとめどなく溢れる涙は枯れることがなかった。
彼は泣き言をあまり表立って言わない。ましてや、泣き顔なんて見たことなかった。いつも自分のなかで解決しようとしている姿はをみて大人びていると感じていた。そんなところは、年相応でいいのにと思いつつも、実のところそんな彼に私は甘えていたのかもしれない。頭の何処かではレオスのことを心配していても、ケアをするのが遅すぎた。彼は弱さを見せたくないのではなくて、見せるのが怖いんだ。
レオスに止められてしまうから、レオスも抱え込んでしまうからなんて、心配かけないように私がひとりで動いてきたことにレオスが気がつかない筈がないのに。
最近の私は、お互いをわかっているからと安心して、レオスに相談をしなかった。自分がレオスの立場なら、気が気でなくて、いてもたってもいられないはずなのに。こうして振り返ってみると、レオスを守りたい気持ちや行動が、レオスを不安にさせていた。
私の ≪エピソード≫ の記憶の箱を開けてから、なにか狂ってしまっている。──いいや、その手がかり、箱を開けるための鍵を見つけてから? この違和感は何? そもそも記憶の箱なんて言葉、少なくとも原作のエレーヌは使っていなかった。出てきたのは確か──。
(どこかで、糸が絡まってしまっている……。この状態を一年も放置していたなんて、私はなんてことをしてしまったのだろう )
物語を変えようとするからか、辻褄合わせをするためなのか? 予め決められていた何かを変えるためには、頭で思い描いているよりも遙かに難しい。記憶も経験も穴だらけ、力もまだわからない。欠損だらけで、ストーリーが成り立たない。物語の大筋が沢山の方向へ向かってぐしゃぐしゃになっていた。
(まずは、絡まった糸をひとつひとつ解いていこう )
決意をして、再び前を向く。
「ごめんね、レオス。私一番の理解者に甘えすぎていた。滅多に感情を見せない君を泣かせるまで、私は──」
レオスの頭を抱きしめて、優しく髪をすくように撫でる。太陽の様にふわふわで、少し癖のある彼の髪。なすがままにされているけれど、その頭は私よりも高い位置にあった。いつのまにか私より伸びた彼の背。私が見ているようで見ていなかった。気づいていなかった。
泣き止んでくれますように、彼の胸のざわざわが落ち着いてくれるようにと、髪を撫でる手とは反対の手で背中を鼓動に合わせて優しく叩く。
「…… なんで頼ってくれないんだ 」
と私に聞こえるか聞こえないかの声で、一番伝えたかったであろう台詞を言うと、彼の叫び声にも似た悲痛な思いは止まらない。
「どうして僕の知らないところに行くの……? わからない、生まれる前から一緒にいるはずなのに、僕のわからないエレーヌがいる! 一人で抱え込んでいるみたいに、どんどん遠くにいって……! 」
水のように溢れてきた言葉に、私が押し流されそうになる。
「どうして、俺になにも言ってくれないの? 」
最後の問いかけを私にぶつけて、言いたいことがやっと言えたと言うように、私の肩口にぐりぐりと頭を押し付けてきた。
「レオス、レオスってば、ちょっと 」
だんだん激しくなっていき、髪を振り乱して、全身で私を責めるように、頭を押し付けてくるレオスを止めようと彼の背中を両手で叩く。が、止まってくれない。
いつも二人で話すときよりも大きな声で叫ぶ彼や、未だ私を抱きしめて、頭を押しつけている甘えたいような仕草も、こんなに感情を露わにしたレオスの行動は見慣れないので、どうしたらいいかわからない。それほど怒らせてしまったのは、自分のせいだけど。駄々をこねる子供のように、やめてくれないレオスに途方に暮れてしまう。
絡まった糸を解いていくためだけではなくて、私の唯一無二の対へとこれだけは今伝えたかった。私の決意表明。一番最初に伝えたいのはレオスだと決めていた。遅すぎると怒られてしまいそうだけれど。
(落ち着いてきたかな…… )
腕の力がだんだん弱まってきたのを感じて、背中を優しくひとつふたつ叩く。そして、私の顔を向いてくれるように、レオスの頬を両手で挟み込む。じとっと私を捕らえた目を見つめていると、なんだか可愛い弟のように見えて堪えきれず笑ってしまった。こんな形で、やっと年相応の表情が見れた。
「…… なに人の顔みて笑ってんの? 」
「ふふ、ごめん。 あのね、レオス。私の目を見て 」
「なに…… 」
恥ずかしくなったのか、顔を逸らそうとするレオスの両頬を優しく両手で包み、私の目を見るように促す。両目に薄らと涙の膜がはっているのはお揃いだった。息を吸ってレオスの瞳を真っ直ぐ見つめる。これはレオスに対する私の気持ち。誓い。お願いレオス、受け止めて。
「私はこの世界を守りたいの。 この国の未来も。そして、私の大切な対のことも。──ねぇ、それはレオスも知ってるでしょう……? アストレオスのことだよ。 だから、ね、少しだけ見守っていてほしいの。……他でもないレオスに 」
ね、お願い。と念押しするように彼の名前を呼ぶ。
「……っい 」
「なぁに? 」
「ずるい、エレーヌはいつもそうやって優しくして甘やかす。 だから変なのに好かれやすいんだ 」
こつんと、互いのおでこを合わせる。それが仲直りの合図だと言うように。レオスのぬくもりを肌で感じて落ち着きを取り戻せた。私にはやっぱりレオスが必要だ。
私たちは双子。 互いを思い合う気持ちは同じ。プシュケーは2つあるけれど、もともとはひとつだった。こうして伝えれば受け入れてくれる。触れ合えば安心できる。わからないことなんてない。
──そんな私たち双子でも知らない真実は、深い海の底にまだ眠っていた。




