賭け
シェニィアは毎回、ある一定の期間、国から離れてしまう。そして、なぜかミィアス国を滅ぼそうとするのだ。いわば裏切り。それも、いつも違う時期。今は大人しく宰相としてラシウス王に忠実に仕えているが、その真意はわからない。きっと、因縁や遺恨があるのだろうか、理由は一つも思いつかない。
国に叛旗を翻したのは、なにか考えがあるからだ。例えば、再生するために破壊するとか。手段がどうであれ、目的が先行していたように思えて仕方がない。でも一定の規則性はある。彼はいつも私より先に物語から退場する。最期の引き際も、ミィアスで裁きを受けることもあれば、敵からの攻撃で私を守って……。
そしていつも、不思議に思うことがある。これだけは、はっきりと明確に、覚えていること。──最後に見た彼はいつも笑っているのだ。
あまり多くを語らない彼が見せる本物の笑顔。毎回その時だけは、表情だけで伝えたいことは読み取ることができた。
私を目に映して、満足そうに笑うのだ。
──エディ兄様と共にミィアスを滅ぼそうとした、在りし日の彼も。
──レオスを私の眼の前で殺めた時も。
──主人公ユディの剣に倒れた時でさえ笑っていた。
幾度も繰り返す彼の死は、決して慣れることはなかった。
レオスがシェニィアのことを 「あの宰相の性格は気に食わないけど、一番政に詳しい。それに向いてる 」と評したことがあった。彼が政敵になってしまうほどの恐ろしい展開はこの国にとっては耐え難い。彼は、能力は高く、頭も回る。破滅を迎えてしまう世界で味方にいたら頼もしいのに。
以前から、彼ほどの優秀な人材がある一国の王に仕えているのが意外だった。国の宰相として政に適切な助言を与えている。それは自分で国を治めた経験があるようにも思えた……。
彼の出自は定かではないが、優秀さから王がその地位を与えたと聞いている。ラシウス王に信頼され、右腕として、密偵もすることがあり、他国の外交官に扮して他国の情報を巧みな話術でひきだしてくる。では、国を裏切ったのも王からの指示だったのだろうか? いや、そんなこと。
私は毎回、彼が国を裏切ってまで成し遂げたいことが分からなかった。目的がわかれば、裏切らないかもしれない。恐らく彼の目的はいつも同じだと推測している。
なぜなら、きっかけがあるからだ。国を裏切る時期はバラバラだが、ある出来事が起こってからいつも彼は居なくなっていた。──それは、ラシウス王の死。
王の死が彼が国を去る原因であるならば、これは私の憶測でしかないが、王となんらかの契約をしていた?
もしも、彼が ≪神の力≫ をもつ者で、尚且つ彼がアポフィズムである場合、その力の強さは計り知れないだろう。敵になったら、おそらく勝てない。そのため、王から何か縛りを受けていた可能性もある。
この国にいずれ来たる破滅の呪いが、もしも必然ではなく、人為的であるならば、彼は終末を知っていた? 私の記憶上、彼には結末が予めわかっていて、行動しているようにしか見えなかった。
あるいは、こんなこと考えたくはないけれど、 ≪呪い≫ の発現に深く関係しているとか?
とにかく、私はシェニィアが国から離れる未来を変えたかった。エディ兄様のことが変えられないのなら、彼を手中に留めておく必要がある。この国が破滅してしまう未来の話の中に、彼の離叛が定められているのならば、なおさら。
それともミィアス国を裏切ることが彼が乗り越えなければいけない ≪エピソード≫ なのだろうか?
それを探ろうにも、いつもラシウス王の側か研究所にいる彼の近くには行けなかった。
──だったら、シェニィアが私と居なければいけない時間を作ればいい。彼が私を裏切らないようにすれば良い。
彼が国の中核にいるといないとでは、その先の展開が全く違うことになる。レオスだって守れる。主人公にも私がトラウマを植え付けないですむ。
『オルフェリアの希望』 では彼は王の死後、きっと国を離れたのだろう。まさか、原作は裏切らないなんてことはないだろうし。原作の記憶が全くないのが、ここでも仇となるとは。なんでまた一番重要なところだけ抜けているのだろうか?
物語の神様は私に全てを委ねるつもりはないらしい。それもそうだ、 ≪神の子≫ とは言えども神そのものではない。それに、神にはなれっこない。力を授けられ、運命という ≪エピソード≫ で縛られた傀儡。器はただの人間なのだから。
どんなに足掻いても神になれない──神になろうとは思わないけど──。原作がある以上、ストーリーテラーはいるはずだ。私はその可能性が高い登場人物がシェニィアだと考えている。
原作の記憶がなくても、ストーリーの語り部になれないとしても、この物語は、これだけは私が後悔しない結末にしたい。折角、少しは思い出せたのだから。少しでも記憶を頼って、破滅させないように、動かなければいけない。
何度も彼の最後を見てきた私は、ある秘密をほんの少しだけ知っている。気がついたのは何度目のときだったろうか、彼が好きな私の表情を意識的にして、彼のモノクルに隠された目を見つめた。
「ねぇシェニィア、私と取引をしない? 」
これは賭けだ。私はシェニィアに、いままで見せたことがないような、自信に満ち足りた笑顔でそう問いかけた。




