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夢か現か






 意識が完全に覚醒する前から、これは目が覚めるという感覚とは違うと、違和感を抱いていた。

( 頭と身体が変、チグハグな感じがする。徹夜してたからかな……? 心臓もなぜか異様にバクバクしてる )


「……よ……あ………せ……」


「は……く……は……な……か」


 あたりの物音が気になって、深い水の奥底から意識が蘇る。まだ完全に頭が覚醒していないからか、身体は思うように動かず、目も開かない。聴覚だけが研ぎ澄まされていた。近くから声のようなものが聞こえてくる。私はそのくぐもった声の正体を探る。私の自室は、窓に面した通りが通学路になっているから、朝の集団登校中の児童の声だろうか、だが、それにしては近すぎる。徹夜をしてしまったのでまだ脳は動かない。正常な判断もできない。目もなかなか開かないし寝起きは最悪だ。全体的に重くて身体に異物めいたものを感じた。


 昨晩、徹夜したその影響なのだろう。小さい頃から朝に弱いこともあって夜ふかしをすることがないから、このぼやっとした身体の感覚に慣れていない。そして、心なしか息苦しさや動悸がする。まるでプールで息継ぎをしないまま泳ぎ続けている感じだ。肺が酸素を求めている。空気を吸わなければ。

 ふと気づいてしまう。


(あれ、空気はどうやってすうのだろう?)

 

 窒息しかけていると、途端に背中を叩かれ、今度は冷たい液体の中に全身を入れられる。


 驚いてやっと口から出た音は、発した記憶すらない声になった。


 まず目を開けて自分の状況を確認しないと、焦りからか涙がでてきて視界がぼやけてしまう。昨夜コンタクトしたまま寝てしまったのだろうか、いまだに空気に触れることを拒む目を懸命に開く。

 よくよく見回してみても、柔らかい色彩で統一された広い部屋。この景色にまったく見覚えがない。あたりを見ようとして目を大きく開いてみると、思ったよりも顔の近くから声が聞こえてきて驚いてしまう。小さな男の子と女性の声だった。


「……かあ様、目が開いております。とても綺麗な琥珀色の目ですね 」


「ええ、まるで海に反射している夕焼けのようにキラキラ輝いているわ!! きっとこの子がこの国に安寧をもたらしてくれるでしょう。……生まれてきてくれてありがとう、これから兄弟仲良くね 」


( 誰だろう……? 知らないはずなのに懐かしい気持ち。 この人たちをどこかでずっと見ていた様な気がする )


「物語のワンシーンみたいだ 」といかにも他人事のように考えていると、なぜか視覚が空を飛んで、自分を上から見つめている画角になった。私の姿形はおくるみに包まれた赤子そのものだった。あり得ないことだが、あの子が私。なぜだか、そう確信できた。


 私を抱きながら慈しむ眼差しを向けている女性が私を産んだ母親なのだろう。その傍で、おくるみに包まれた新しい命をじっと興味深そうに眺めている男の子は、言葉は大人びているが、みたところ未就学児のようだ。まだ、頬や手足がもちもちしていて可愛らしい。


 もしかしたら、これは夢を見ているのかもしれない。慣れない徹夜をして、睡眠サイクルを崩してしまったからかもしれないけれど。

 小説などのファンタジーモノを寝る前に見たり読んだりすると、大体奇妙な夢を見てしまう。


 夢は記憶を整理するためにみると聞いたことがある。私は普段から夢を見ることが多いし、不思議なことではない。夢なのか、現実で起きたことなのかわからなくなってしまうこともたまにある。


(この前みた石造りの階段の夢や回廊の夢とか、リアルだったなあ……。印象に残った夢は手帳に書き残しているから、この夢も書こう)


 呑気に夢日記を更新することなんて考えて、目の前で起こっていることに現実逃避しつつも、ふいに意識を手放してしまった。


 ここから、私の意識は、深い深い海のなかに沈み込んでしまったようだ。





「夢が現か、夢想か現実か──分岐点はこれから出逢うことだろう。あなたこの夢の中で漂い、迷っている間にも物語の流れは止まらない。物語の糸は無数にも伸びて絡まり続けるのです」



 この時点では私はこれをただの夢だと思っていた。そして、この夢は昨日徹夜して読んだ 『オルフェリアの希望』の世界線だと気づき、受け入れるのには少しだけ時間がかかってしまう。


 私は気がつかないうちにもう 『オルフェリアシリーズ』の世界の中にに入りこんでしまっていた。これから出会う分岐点やターニングポイントに翻弄されつつ、バッドエンドを回避しながら、マルチエンドをすべて回収するために駆けずり回ることになるなんて思いもしなかった。目指すは全てを終わらせた後に解放される、大団円エンディング。


 ──この神から与えられた試練とも云える運命に囚われたこの世界線には大団円しか救いがないのだから。


『私が全て救って幸せにして、物語を完結させる!! 』


  ──こんな事を誓ったとして、ご都合主義通りに上手くいくはずはない。主人公は私ではないのだから。


 そんな、乙女ゲームの全ルートを終えた後に解放される『大団円』ルートを実現にさせようと無謀なことを試みたとて、所詮それは夢物語に過ぎないのだ。それができるほど、都合のよい人間も神も舞台装置だってこの世界には存在しないのが現状。

 


「ストーリーテラーは居ても、デウス・エクス・マキナなんて、そんなものあるわけないだろう──? 」

 そう言って、誰かが嘲笑っている。救いの手を差し伸べてくれる神はいないと。


「幾度繰り返しても所詮結果は一緒だよ 」

 毎回私へと救いの手を差し伸べてくる青年の笑い声が頭の中で木霊した。




「あなたはまだまだ気がつかない。そう私たちがしてしまったのだから……」


 物語は簡単にはいかない。何が起こって、どうなるのか、そして終わりを迎えるのにも全て ≪エピソード≫(神の御心のまま)。道から逸れたら破綻してしまう。


 いくつもの話を繋ぐ(ルート)は互いを成立させないように、きつく絡まりあい、解こうとするものなら切らなければならないものもあった。

 それに気がつくのはずっと、後の話。まだこれは夢の中だと逃避していた私は、自分の ≪運命≫ も忘れ去っていた。


 もしかしたら本物の開通(夢からの目覚め)とは、私が夢の中ではないと認知することからはじまるのかもしれない。記憶はまだ取り戻されていないのだから。



 今はまだ、プロローグに過ぎない。私が ≪エピソードの記憶≫ の箱を開けて、全て取り出した時。このストーリー(ルート)が開始される。


「正しく回収できるといいね。 君にとっての正しい結末(正規ルート) にたどり着くことを祈っているよ── 」

 青年が何処かで笑っている。彼はいつか会えたとき、神の運命に愛されたその子に何を話そうかと、再会の時を今か今かと待ち望んでいた。




 ──彼はエレーヌを愛する者のひとりでもあり、物語を創造する神の力をもっている者。


 その名は──
















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