駆け引き
「人間は何のために生まれるのか」ある人は問うた。
すると誰かがこう答えた。
『生まれたことが罪である。償うために人生を全うすることが罰であり、死とは救済だ。』──と。
では、私はアナタを置き去りにして、この人生を歩むことを償いとしよう。この罪は繰り返すだろう。アナタが神になるまで。アナタが、アナタの行いが救済になる。私はアナタに赦されたいのだ。ただ、そのために繰り返し生まれ死んで貰おう。アナタが──繧◆ウ繝ウ繝◆励Ξ繝。
これは懺悔だ。私利私欲のためだけに、私は力を使ってしまったのです。そんな醜い私がアナタの目に映るのが、怖くて、その事実を忘却しました。私としたことが、想いが強すぎるあまり、力を使いすぎてしまい、それが ≪呪い≫ となってしまいました。それが、一回目の滅亡に繋がりました。
再び、私の意識が浮上した時──いつどこで戻ってきたのか、アナタが今度こそ、望み通りに力を手にするのかもわかりませんでした。──何者かの手によって、アナタは最初に出会った時とは異なる運命を歩んでいました。
「これは違う。元に戻さなければ……!」
そうして、私は何回も忘却と再生を繰り返すうちに、だんだんと、いくつもの理が絡まっていきました。私のプシュケーと共にアナタの一部の記憶も幾千年もの時空の彼方の内に、失われてしまいました。これが、私の罪なのです。
──アナタを私だけのものにするために。私は運命運命を狂わせた。
「今度こそ私を、私のプシュケーを掬い上げてください。私のエスティア── 」
私の記憶が再び目覚めてから、一年が経った。この一年間で、できる限り今の世界での出来事と私のもつ知識との整合成が取れるのか、誰にも怪しまれないように確かめてきた。
でも、この世界はどの物語を辿っているのか、今生きて活動している範囲では『オルフェリアの希望』では描かれていない時期なのでなんともいえなかった。これが、他の派生作品の場合は──。なんて、そんなこと気が遠くなるので考えないでおいた。
(まあ、原作の知識も全て記憶に残っていないから、完璧だとは言えないけれど…… )
そして重要なのが、これから発生し得る出来事のきっかけと変えられない出来事のリストづくり。これがなかなか難航している。でも、あの日オルフェさんは私にも ≪コンプレックス≫ があると言っていたから、それを克服するためにも、私がどの神の力を持っているのか特定して、≪エピソード≫ を完成するために必要なことだった。
物語通りに事は進み、エディ兄様の状態はどんどん悪化してるらしく、アーティ叔母様は毎日毎日忙しなくエディ兄様の部屋と研究所を往復している。
「私ができる限りのことをしよう。……なんて、そんなことを思っても、兄様の事とか肝心な出来事は変えられないのかな……。起きてしまったことは、被害を最小限にするしかないよね 」
宮殿から研究所に繋がる柱廊、最近のお気に入りの空間。ここはよく行政を担う人たちや研究者が行き来しているから、なにかと情報を得ることができた。レオスに見つかると心配されるので滞在時間は短めで、側にはノータナーもいるから表立って動くことはできないけれど。
今日は誰に会えるかなと、夕日をぼんやり眺めながら、考えている私に、サッと、大きな影がかかった。
「お久しぶりです。エレーヌ殿下。こんな風通りがいいところで考え事ですか? 器が凍えてしまいそうだ 」
「……あっシェニィア、最近よく会うね。シェニィアもこれから研究所へ? 」
肩が凝っているのだろう、首を鳴らしながら目の前の彼は答えた。
「ええ、もうこき使われて大変ですよ…… 」
一年前と比べてシェニィアと私の距離はどんどん近づいていた。最初はその雰囲気──人間の血の通った温かさを感じなくて、その上何を考えているのか分からない──怖がっていたけれど、今では軽い冗談も話せるほどに打ち解けている。
「エレーヌ殿下はアーティ殿下とお会いするご予定が? こんな遅くに、出歩かれるなんて、陛下が心配してしまいますよ 」
シェニィアと話せる貴重な時間。前々から思っていることを打ち明けてみることにした。
「あのね、父様には内緒にしてほしいの。もちろん他の人にも……私実は、エディ兄様のことが知りたくて…… 」
夕陽が沈みかけ、空には暖かさと暗闇のグラデーションを描いている。消えゆく太陽とは反対に昇ってきた月が、雲の間から顔をのぞかせた時、ちょうど遮るものがないここでは、灯りがなくとも、互いの表情がよくわかった。少しの好奇心からか、一瞬だけれど表情が変化した。エディ兄様のことを出した瞬間、シェニィアの眉が動いたのだ。これは知っている。
この一年でわかったことのひとつに、シェニィアは王の側近を務めている上、政治だけではなく ≪神の力≫ 研究にも加担していること。彼の博識さは、研究員から伝え聞いている。
アーティ叔母様は忙しいし、それに私たちに心配をかけまいと話してはくれないだろう。オルフェさんには聞いてみたけど、言葉遊びで揶揄われているのか、私自身で真相を探りなさいと、はぐらかされてしまった。残っているのは、教えてくれそうな、シェニィアかなと当たりをつけていた。何か知っているのだろう。知っているというか、関わりがある。そう確証を得た私は、さらにシェニィアに頼み込む。
「お願い……! どんなことでもいいの、いま頼れるのはシェニィアしかいなくて…… 」
私が知りたいのは、エディ兄様の状況と私たち兄弟と関連がある研究内容。その研究の重要な位置に彼もいる。
「そこまでエレーヌ殿下に頼っていただけるなんて……。 初対面の時の冷たく荒れた海よりも凍えた視線からは、想像もつきませんね 」
彼にはあの日のことが印象に残っているようで、なにかにつけて、恨み言のように繰り返す。彼曰く、最初期の凍てついた関係性と今は180°変わったけれど、私から期待の眼差しを向けてもそう簡単に靡く人ではない。
「頼っていただけるのは嬉しいのですが、残念ながら、お答えできかねます…… 」
「えぇ…… 」
今では軽口を叩けているけれど、最初は表情に出てしまうほどに怖かった。彼の目や纏っている雰囲気が偽物のように思えたのだ。近づかない方がいいとさえ思っていた。
アーティ叔母様やレオスにはいい顔はされなかったけれど、この一年でシェニィアとの距離を詰めたのには、彼の地位や知識欲しさ以外にも、理由があった。
私の思い出した記憶の断片通りに今回も進むのであれば、いずれシェニィアは一度この国を裏切ることになる──。
シェニィアがなぜミィアス国を裏切るのか、そのヒントが彼の言動や謎に包まれたその出自から導けるはずだ。その上、エディ兄様に関わる研究だけでなく、物語の主人公エディの誕生の秘密も、彼が一つの鍵を握っている。
なぜシェニィアと名乗る人物がこの世界にいるのか、答えを導き出してしまったらもう戻れない。
さあ、駆け引きを始めよう。
第二章スタートしました。
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