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分岐点






 途切れた意識が再び上昇した時、私は誰かの部屋にいた。いや、正確には実態はなくて、その景色を見ているだけに過ぎなかった。自分の手足に触れることも、声を出すこともできない。物にもさわれない。まるで幽体離脱しているかのよう。物語の神の視点とはよく言ったモノだが、実際に体験してみるとこうなるのか。誰にも見えず、意識だけがあり、それが浮遊している状態だった。今、私の(からだ)はどうなっているのだろう? そんな心配もあったが、この状態にしたであろう、原因の張本人がいない。早速、探すことにした。まず、ここは誰の部屋だろうか? エレーヌの部屋とは間取りが異なる。装飾も家具も違っていた。


 見渡してみると、この部屋の主人は寝台にいた。寝そべっているのは、エレーヌより色の深い髪をもった少年だった。

 (……これは、エディ兄様の部屋の光景? )

 まさか、オルフェさんはこれを見せるために、私に何か、呪い(まじない)をかけたのだろうか?

 やっと会えたのに、声も出ない。エディ兄様に触れることすらできない。視覚だけが存在している状態で、もどかしい。


 寝具にぐったりと横たわっているエディ兄様をアーティ叔母様が看病していた。

「エディ、水飲める? 」

 エディ兄様は水を飲むのにも起き上がる気力すら残っておらず、やや額に汗をかき、ぜーぜーと胸を上下させている。

「……ご、ごめんなさい。叔母様……。これでは、 ≪呪い≫ になってしまう……。 ≪エピソード≫ が未完成だから……。 ≪コンプレックス≫ が……どうしよう、克服しないと……」

「…… まだ ≪呪い≫ なんて発現しないわ。 今は、落ち着いて、少しでも器を維持しましょう、ね。 ≪混乱≫ を最小限に抑えるように今、方法も皆で考えているから── 」

 アーティ叔母はエディ兄様を懸命に励ましている。


 表向きでは、エディ兄様は流行り病にかかってしまった。と説明しているが、本当はエディ兄様の ≪神の力≫ の状態に由来している。だから、周りの大人達は、エディ兄様の刺激にならないように、私たち兄弟の面会も禁止していたのだと、二人の会話から分かってしまった。

 エディ兄様の ≪エピソード≫ が未完成だなんて、初めて知った。≪混乱≫ という言葉が出てきたということは、永遠に ≪エピソード≫ が未完成であることが確定していると予想できる。──自身の生まれ持った力に由来する、神により予め定められている運命が未完成であり、プシュケーも器も不安定な場合に、 ≪混乱≫ を起こしてしまうと言い伝えられている。──兄様は審判を受けている時、プシュケーも思わしくないような口ぶりだったから、きっとそうなのであろう。確か、これが悪化したりすると、 ≪呪い≫ へと転じ、文字通り大変なことになってしまう。今は、兄様の器を破壊させないように、叔母様の力を使って、なんとしてでも食い止めている状態だった。幼い器は脆く、壊れやすいから。

 大きな出来事はもう、変えられない。神の理によって定められているソレが、他の者の ≪エピソード≫ などと複合的に関係している場合には、なおさら修正は不可能だ。エディ兄様のこの状態からみて、あと2年耐えられるかどうかだろう。暴走させないように、絶対安静にしていなければいけない。

 ──毎回そうだった。

 もし私がここで何かしてしまったら、原作の主人ユディが生まれなくなってしまう可能性もある。何もできない、ただこの状況の進行を待つだけの自分に歯痒さを覚える。

 (あれ、どうしてユディと兄様の状態が関係あるんだろう? ユディの出生の理由って──)


 何か引っかかって、でもそれを思い出す寸前で、闇に呑み込まれてしまう。もう少しエディ兄様の様子を見ていたかったのに、途端に何も見えなくなった。真っ暗で大きな影に全身を囚われてしまう。動けない。苦しい。

 (……っ、わっ! 何? )

 頬を何かが撫でてきた。恐る恐る目を開いて見てみると、暗闇に近い色をしたオルフェさんの髪だった。彼の髪がカーテンのように、私と周りとの空間を物理的に遮るから、私とオルフェさんだけの世界のようだ。

 彼の口許のほくろがよく見える。じーっと私だけを見つめている緑色の眼差し。初対面の時は私を安心させたその色は、別の意味を持っていた。──そういえば、どこかの国の人々は、緑色の目に嫉妬に苛まれた人という意味を持たせているらしい。


 私は、≪エピソードの記憶≫ の箱を開けてしまった。オルフェさんがその箱の鍵。だからこんなにも、この世界のことを知りすぎてしまっている。思い出せないことは多少あるが……。その、思い出せない──思い出させてくれない──ことが、これから重要なことなのに。

「オルフェさん……。繰り返す必要があるんですか? 」

「それも、思い出してください……。私たちが持つ力は、いくら ≪神の力≫ に由来するといっても、もとの器は人間です。……人間は完璧ではないでしょう? 人間には嫉妬や劣等感と言った、感情を持つ生き物なんです。そして、そこから生まれるのがコンプレックス。──今度こそ、この世界での ≪コンプレックス≫ を克服しなきゃいけませんねぇ? 」

 先ほどの、エディ兄様とアーティ叔母様の会話でも出てきたこの言葉。これは、さまざまな意味を持っている。

「でも、だからって、どうして? 私は ≪コンプレックス≫ なんて無いはずなのに 」

 記憶の箱を開けたその人は、私の知らない、まだ思い出せないナニかを知っているかのように語る。

「いいえ、まだ気がついていないだけ。 キミもキミの周りの者たちも、キミに由来するソレをもっていますよ。──ねぇ、だから今は耐えて。 ≪エピソード≫ を完成させるその時まで、キミの苦しみはまだまだ続くよ。……私が救ってあげられるその時は来ないんだ。 ごめんねぇ 」

 後戻りなんてさせないとでも言うように、彼の手が私の腕に絡みついて離れない。手の跡がついてしまうのではと思うほど強く力をこめて握りしめられる。所有者の証をつけられているみたいだ。

「いっ、離してください……。どうして……そんな私だけ 」


 この事を忘れさせないように、目の前のキーパーソンは、告げた。

「キミのプシュケーが囚われているから 」


 ──まただ。この台詞を聞くのは、もう何度目になるだろうか?


 この理から私は今度こそ脱出しなければいけない。戻ることはできない。

「導く役割も、もう終わりにしたいのです。実のところ、ほんとうは……」

 懺悔ともとれる言葉を置き土産にして、私の腕から手を離した彼は、自分がつけた私の腕に残る手の痕を名残惜しそうに見つめて、痕にそっと口付けると、いつものように微笑んだ。


「まって!! 」

 オルフェさんを引き止めようと手を伸ばした状態で飛び起きた。なんて、格好だ。(からだ)はエレーヌの部屋に丁寧に寝台の上に寝かされていたのだろう。窓から部屋に差し込む光は太陽の光だ。いつのまにか部屋に戻っていた。


 先ほどまでのことは夢ではない。ましてやこの世界も夢ではない。オルフェさんから天秤の目の前で聞いた話。蘇ってきた記憶。私の本当の正体──。


 私の目に映るのは物語を創造した空想や夢想なんかと違って、決してそんな優しいモノではなくて、現実だ。今なら確信できる。でも、オルフェさんは何のために、初対面の時、私に夢だと思い込ませるような事を言ったのだろう。それにより、彼に利点はあるのだろうか?

 そしてもう一つ、不安なこと。私は以前、この世界のはじまりから終わりまでどのように歩んだのかわからなかった。そこだけぽっかり消えているのだ、真っ白なページみたいに。記憶から、忘却されている。ページごと消し去られていた。でも、この世界の知識も有れば、ここへの愛着はある。それは消えずに残っていた。いつか、大事なことも思い出せるのだろうか。


 記憶には穴があった。原作の記憶も私が本で読んだ範囲しかわからない。

 おそらく、何かの理由で記憶の奥底に仕舞い込んでしまったのだろう。別の鍵が見つかれば、なにかきっかけが有れば、ふいにまた、記憶の箱が開くのかもしれない。


 ──私たちは追憶のなかで生きている。


 そんな言葉が頭の中で浮かんできた。私はそんなこと今まで考えもしなかったから、おそらく誰からの受け売り。借り物の言葉。

「あーあ、これからどうしよう…… 」

 もう思い出してしまったことはしょうがない。夢の中だからと、言い訳したくなって、原作を変えようとする気持ちも芽生えてきたところだったから、丁度いいのかもしれない。

 でもなんでこの時期なんだろう。変えることができる期限はとっくにもう過ぎている事がいくつかある。あと、知らないこともまだあるし、この年齢では幾分制限がかかるだろう。

 (うーん。どうして、記憶がこんな時に……。いや、知りたいって思っていたけれど……)

 モヤモヤして朝から疲れてしまい、空気を入れ替えるために窓を開ける。外から入ってくる冷たい風が指先をどんどん冷やしていく。一気に物事が進みすぎて、いや、思い出してショート寸前だった頭を外気が冷却してくれる。

「うん。……進んでいないこともまだある。よし、出来ることから少しずつ、ぼちぼちと……!! 」

 今なら対策が間に合う出来事もある。トラウマにならないように。アクシデントは防げる。まだインシデントなのだから。実害は、一過性のもので防げるかもしれない。要するにユディに影響を及ぼさなければいい。その範囲で、今出来ることをしよう。


 私は失念していた。これも、ある物語では、分岐点であったことを。もう少し、注意深く聞いていれば、箱の奥底まで覗けたのに。実は、これがはじめての選択可能な分岐点だったのだ。



「分岐があった方が面白いと思わない? 縁は切っても切れないものなんだから、全て結べるようにすればいいんだよ。その幾度にも枝分かれする物語を選択するのは、あの子なんだからね 」

「それはそれは、これからますます楽しみですね 」

 (本当に、色んな意味で……)

 どこかでコレを観察するモノたちは、様々な想いを胸に秘めている。共通しているは、彼女を手に入れたいという気持ちだけだった。


 
















第一章が終わりました。読んでいただき、ありがとうございます。 

評価やブックマークの登録、大変励みになります。

今後ともよろしくお願いします。







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