枝
眠りが浅かったせいなのか、鳥たちの鳴き声で目が覚める。辺りを見回しても、ここはまだ夢の中、エレーヌの部屋だった。まだ空は薄暗い。
(まだ、夢から覚めないの……? あ、そういえば!! )
昨晩、ノータナーが退室して暫く経ってから、オルフェさんへの手紙を書いたことを思い出した。私は、いてもたってもいられず、一目散に窓に駆け寄り、昨夜置いた手紙がどうなったのか、恐る恐る、願いながら確認した。
「ない、よかった! 風に飛ばされた訳じゃないみたいだし、オルフェさんがやっぱり見つけたのかな。……なにこれ」
何かの拍子に落ちてしまった可能性も考えて、下を見ても見当たらない。重石を置いたので、風で飛ばされて無くなったのではなく、本当にオルフェさんが持っていったのだと信じてみることにした。こんな高いところまで、どうやって見つけて、持っていったのだろう……? とか思いもしたけれど、以前は忽然と姿を消したから何かそういう力を持っていそうだ。
念のため、外に落ちていないか、窓の周辺を目を凝らして探してみると、二股にわかれた枝が一本落ちていただけだった。昨晩は曇っていたけれど、風で窓が揺れることもなかったので、枝を飛ばすほどの大きい風は吹いてないはず。ここから1番近い木からも離れているから、飛ばされてここに来た訳ではなさそう。では、考えられる事としたら──?
「オルフェさんが置いていったのかな……? 」
彼なりのメッセージだろうか? 手紙の代わりに置かれていた枝を指でつまみ上げる。簡単に折れてしまう枝ではなくて、しっかりしているから、重さもある。曲げても折れないので、新しい枝か元々頑丈な種類だと思う。風でこんな上の階まで飛ばされる枝ではなさそう。枝を見つけた場所は昨夜手紙を置いたところから少し離れていて、無造作に転がっていたので、鳥が巣を作るために運んでいて落としてしまったのだろうか。
何かヒントがないのか、よく枝を観察してみる。切り口は綺麗で、何かの道具を使って切られているみたいで、ツルツルしている。薄茶色の枝で、葉っぱはない。私は植物に関する詳しい知識がないため、これだけでは、特定できない。該当する木を庭で探してみようにも本数が多いから難しそうだった。
考えている間にも、太陽は空の大半を明るく染めていて、やがて闇は去り、人間たちが活動する朝がやってきた。空気が澄んでいるからか、音がよく通る。人々の活動を促すかのように、鳥たちは囀り、飛び回る。何の鳥だろう。鳥に詳しい方がいるように、枝を誰かに見せたら、木の種類を教えてくれるかもしれない。でも、植物に詳しい方が誰なのかわからず、時間は過ぎていく。
(もう少しで、ノータナーが来る時間だわ。怪しまれないように、窓は閉めておこう )
オルフェさんからの返信があるまで待ってみよう。もしかしたら、突拍子もなく現れるかもしれない。オルフェさんなら、この木の種類を教えてくれるだろうし、一旦、この枝はひとまず誰にも見つからないところに隠して、支度をすることにした。
この時私は、オルフェさんが、すぐに来てくれると思い込んでいたので、その後、二、三日待っても来なくて、焦りはじめて、とうとう自力で木を特定しようとしていた。
あれから、外に出ていると、つい木々を見て、あの枝は何か探してしまう。無理やり折ったのでなく、切られているから、不自然に枝が綺麗に切られている、そういう木を探せばいい。
「エレーヌ、どうしたの? さっきからキョロキョロして 」
「……えっ、何でもないよ。ただ今日は天気がいいなと思って…… 」
「へー、……まあ昨日よりは雲は少ないね。風も吹いてない、そのほうがいい 」
今日もエディ兄様のお見舞いに行けず、 部屋に続く廊下に足を踏み入れた瞬間に注意されたらしい。そのせいで、不貞腐れた様子のレオスと二人で宮殿側の庭に来ていた。私の落ち着かない視線にレオスが目敏く気づいて声をかけてくる。木の種類が知りたいなんて、言ったらそれを探られて、ボロを出してしまいそうで、咄嗟に誤魔化した。
レオスはどこかぼんやりしていて、あまり話を深掘りする気がないようだった。その様子を見て、助かったと思う反面、心配もしてしまう。きっと、彼も落ち込んでいるのだろう。双子の片割れが目を覚ましたと思ったら、次は兄が体調を崩してしまったから。不安げなのが言動に現れてしまうのも頷ける。仲のいい兄なら尚更だった。
『三人でまた行こうね 』と約束したあの丘にもエディ兄様がいないから、二人だけだと行く気持ちにはなれなくて、最近は庭か中庭にいる事が増えた。
今はレオスの心情を客観的にみることができているが、私もここが夢の中だからと、他人事では居られなかった。私たちはここで生きているし、日々を過ごしている。
もしかしたら、夢の中だから、私がこれから先の未来を少しでも変えることが出来るのではないかと原作ファンに怒られそうな、原作改変というずるいことを考えている。
そもそも原作も途中までしか読んでいないから、これからどうなるのかある程度の事しか知らないし、わかることも少ない。主人公が出てくるまで、詳しく描かれていないから、何が起こるのか定かではない──。 だから……だけど、わからないことの答えを聞きたかった。今頼りにできるのはオルフェさんだ。
いつ会えるのか、返信の手紙は来るのかと、最近は一日中ソワソワして落ち着かない。今日は一晩中起きて待ってようとしたけど、余計な気を使っていたからか疲れて寝てしまった。
「……うそ、寝ちゃってた!? 」
陽の光が部屋に入ってきたことにより意識が覚醒する。今日もこの場所か、やっぱり夢の中て目が覚めてしまったと思ってぼんやりしていた頭が、窓を見た瞬間に思い出す。今度こそと何かあるのではないかと、慌てて窓際へ走った。
「ええ…… 」
また、同じ枝。落胆して、ずるずるとその場で座り込んでしまう。そこにあったのは返事の手紙でもなく、昨日、一昨日と、同じ種類の木の枝だけだった。形は違えど、色や折り曲げようとした時の跳ね返りから種類も同じものと推測する。やっぱり、これが何かのメッセージなのだろうか?
一日また一日と、待てど暮らせど木の枝が窓際に置かれているだけ。一本、二本……。このまま枝が増え続けると、やがてリースが作れそう。
一週間を過ぎたあたりで、返事を待たずに、もう西の塔まで訪ねてみようかと思いはじめた。日中は人の目があるから、夜中にバレないように窓から降りて……。と考えてみたけれど、誰かに見つかったり怪我をして、エディ兄様が大変なこの時期に心配をかけてしまうのも悪いと考えて、なかなか行動に移せなかった。
「エレーヌ、どうしたの? 」
「……えっ、何でもないよ 」
「本当に……? 」
枝の本数が9本目になった日、レオスに「最近なんか変 」と怪訝そうな表情で詰め寄られてしまう。笑って誤魔化して、それ以上私が何も言い出さないでいると、悲しみと不安の混ざった顔でレオスが私に何か言いたそうにして、でも何も言わずに、また下を向いた。レオスにこんな複雑そうでしょげた顔をさせるのは辛い。隠し続けるのもそろそろ限界だった。腹を括って、見つからないように今夜西の塔へ行こうと、やっと私は決心した。
「エレーヌ殿下、よい夢を見られますように── 」
「うん、ありがとう。ノータナーもね 」
退出していくノータナーの後姿を見ながら、「心配かけてごめんなさい 」と声に出さずに呟いた。これからオルフェさんのところへ向かおうと、今まで調べていた、誰にも見つからないような経路を頭の中で再び思い浮かべる。よし、行こう。と寝台から起き上がった瞬間──。
何処からか風が吹いて、驚きで目を瞑ってしまう。そして、恐る恐る、再び目を開くと、まさに今、会いに行こうとしていた人が目の前にいた。
「今宵は三日月が真っ暗な空に浮かんでいて綺麗ですね。宿題が終わったとお聞きしました。正解分かりましたか? 」
にっこりと笑いながら、オルフェさんが私にそう問いかけた。




