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審判 






 重厚感溢れる空気のなか、恐る恐る天秤の先──天秤の中心の上部が尖頭みたいに針状になっていた。その下に続くのが玉である──に手をかざす。ドクドクと高鳴る心臓の音が周りに響いているように錯覚してしまう。 

 私の心臓の鼓動に合わせて、天秤の(ぎょく)が光を宿す。まるで、私の(からだ)と天秤が共鳴しているようだった。


 ──音も立てず天秤が右に傾いた。

 ということは、私のプシュケーは ≪エレスティア(慈愛の心)≫ に基づき ≪神の力≫ を振るうと ≪ミィアスの天秤≫ に判断されたのだ。

 手をかざしたまま、右に傾いた天秤に目を離せないでいると、ラシウス王が私の手を天秤から引き離した。その瞬間、目の前が白色に染まり何も見えなくなる。全身から力が抜けて、両足が一気に鉛のように重くなり意識が遠のく。床に倒れこむ直前、誰かによって抱きかかえられた。

「おっと……! エレーヌ、慣れないことをさせてすまない。もう力は使わないでいいから、少し目を閉じて休もう 」

 私が転倒するのを防いだのは、ラシウス王だった。

「エレーヌ、大丈夫? 」

「父様、だから僕は反対したのに……! 」

 いつのまにか、エディ兄様とレオスもこの場にいたのだろう。二人分の駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「アストレオス、神の御前だ。心配なのはわかるが、声を張り上げないように 」

「ごめんなさい……」

 私は脱力したまま、頭からリネン布をかけられ、完全に視界が遮られる。

 傍からエディ兄様とレオスの心配そうな声がする。二人も天秤の審判を受けるのだろう。私自身、思ったよりも緊張していたのか、二人の気配を感じられなかった。

 目を閉じると、先程までは抵抗感を感じていた空気に馴染むことができた。私が休んでいる間にも、エディ兄様とレオスの天秤の審判の儀式は着々と進んでいるようだった。


「次はエディの番だ。息を整えたら天秤の前へきなさい 」

「はい。 父上。 ──っは 」

「……。大丈夫だ、以前より乱れは落ち着いてきている。 濁りを浄化すればいい 」

「……はい 」

 エディ兄様の結果が出たようだ。乱れや濁りと言う言葉が出てきたと言うことは、天秤や玉が私の時とは違う動きをしたのだろうか。沈んだ声からも、結果は、あまりよくないのではないかと予想される。


 そもそも、天秤の傾きによって判断すると説明を受けたが、何のために審判を行っているのか、結果によって何を得るのかについて、まだ教えて貰っていない。

 次はレオスの番のようだ。

「アストレオス、準備は出来たかい? 」

「はい。 ──前と変わらないね。色は澄んできた。父様、僕はもういい? 」

「ああ、エディ、アストレオスお疲れ様。私はエレーヌと少し話があるから、二人は先に戻っていなさい 」

 二人の審判が終わったみたいで、彼らは先にこの場から去るように王から言われる。


 目隠しのように掛けられていた布が外された時には、脱力感は消えていた。そして、いつの間にか、二人は居なくなっていた。

「エレーヌ、辛いところはないかい? 少しお話をしようか、立てるかな? 中庭に行こう 」

「はい。 大丈夫です 」

 ラシウス王──彼のことはどう呼んでいいのか、距離感を未だ掴めないため、ぎこちなくなってしまっている。──に手を引かれて立ち上がる。浮遊感もない。これなら、歩ける。私だけ残されたのは何故だろうか。ここから、どこかへ行くらしい。天秤の置かれた祭壇がある場所から移動する。ラシウス王は私の歩幅に合わせてゆったりと、転ばないように気遣ってくれた。


 装飾が施された柱が並んだ廊下を通り抜けると、左右対称にデザインされた中庭が見えてきた。中央に植えられた大きな一本の木が特徴的で、周りには沢山の種類の植物が植えられている。

 息が詰まりそうな祭壇から離れて、開放的で自然あふれる場所に着いたことにより、気が抜けてほっと息をつく。この中庭の木の下に椅子がひとつ置かれていた。

「この椅子に座るといい 」

「ありがとうございます 」

 そう言って、繋いでいた手をそっと離して、椅子に座る。すると、ラシウス王も椅子に腰を掛け、私に目線を合わせるように、わざわざ、いつもピシッとしている背中を丸めてくれた。

「早速だが、エレーヌ。天秤は右に傾いたね。 右に傾いたときの意味は、 ≪エレスティア(慈愛の心)≫ だ。それに玉も澄んだ色をしていたね 」

「はい。……私のプシュケーが ≪エレスティア(慈愛の心)≫ であることや玉の色は何を意味するのですか? 」

 私が質問をしたとたん、あたりの空気が重くなった。王の目は、大きく見開かれている。私は何か間違えてしまったのかと、不安になる。

 降り注いでいた陽の光は雲に遮られて、明るさが失われた。やはり、この話題はいけなかったのだろうか。緊張感が支配する沈黙を破ったのは王だった。

「……それは、次の王になれる資格を持つことを表しているんだよ。玉の色はプシュケーの清らかさ純粋さを意味する。……エレーヌのプシュケーは純粋で穢れに弱い。それにもかかわらず、君の ≪神の力≫ はとても強いんだ。均衡が崩れ、何か起こったらと思うと……心配なんだ。王として、≪神の力≫ をもつ子の父親として守りたいんた。でも私がそばに常にいることはぎないだろう?」

 王は深刻そうな表情で、私のプシュケーがどんなに危ういものなのか説明をしてくれる。たしか、私のプシュケーについて、レオスも言っていた。でもまさか、プシュケーの清らかさが、次の王になる資格を左右しているなんて思いもしなかった。

 ──王の資格。一度説明を受けたことがある。夢の番人(オルフェ)から王の資格についての説明が、今この話に繋がった。それにより、彼が ≪神の力≫ に詳しい人間であるのは分かったが、なぜ王の資格にまで詳しいのだろうか。怪訝な表情をして彼を評したレオスの反発が不信感を助長する。ますます謎の人物だ。警戒心を持って接した方がいいと感じとった。今は、わかっていることを早く色々書き出して整理したい。

 だが、現状はその時間を与えてくれないらしい。

「──だからエレーヌを守護する者をそばに置いておこうと思ってね。器とプシュケーと ≪神の力≫ 、この3つが慣れるまで 」

「私を守ってくださる方ですか……? 」

 新しい人を紹介されるとは、しかも護衛だなんて、思ってもみない事に驚いている私の前に、現れた人物を見て、息を呑む。

「陛下、エレーヌ殿下、失礼します。ノータナーを連れて参りました 」

「失礼します」

 王と二人きりと思っていた空間に、ふいに、知らない大人と少年が現れた。

 ふいに、メガネをかけた大人の人と目があってしまい、微笑まれる。和やかな表情なのに、獲物を見つめているように感じてしまって、背筋が凍りついて動けなくなる。人にしては何かが欠けているような気がして、直感で警戒してしまう。

 ──本当に人なのだろうか? なんて、失礼なことを考えてしまった。










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