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散歩






「あれ……? 」

 結論から言うと、私は夢から覚めなかった。昨日は、エディ兄様とレオスと、めいいっぱい話して、疲れたのだろう、気がついたら眠りについていた。昨日と変わらず、エレーヌの部屋で私は再び目を覚ました。


 見上げた天井は見慣れた私の部屋のものではなくて、一瞬混乱してしまう。ここはどこだろう。と寝ぼけた頭で、考える。

 昨日と髪色や背格好が同じだったので、これはまだ夢を見ているんだと思い、確認のため部屋の外にでてみても、長い廊下が続いていて、この館のような造りは決して私の家ではないのは確実だった。


 夢の中で再度寝て起きるという経験はあるけれど、一体この夢はいつ覚めるのだろう? 


 ──そもそも、この夢の世界には終わりはあるのだろうか? 

 夢から出られなかったらどうしよう……。

 朝──何時かは確認する手立てがないが、日がまだ山々の影から顔をだしはじめている時だから、朝と彼女は判断した──から不安になってしまう。

「エレーヌ! どうしてこんなところに……。大丈夫? 」

 悪い方に考えて、思考が段々と迷走してしまって、部屋の前で動けないでいると、巻物を抱えたエディ兄様が心配そうに私の元へと駆け寄ってきた。

 どうやら出てくる人物も変わらない夢のようだ。寝起きの頭でぼんやり考える。朝から勉強かな。こんなに幼い頃から、偉いな。

「エレーヌ……? どうしたの? ほら、一旦部屋に戻ろう。アーティ叔母様を呼んでくるから 」

 彼は、反応がない私の手を握って、部屋の中へ戻そうとする。心配性のエディ兄様にこの姿を見られたから、もしかしたら、結構大ごとになってしまうかもしれない。とまで、予想が付くあたり、彼の幼少期の性格については、昨日散々知ることが出来たようだ。本には描かれていないことも。何故か。


 私にとっては夢から目覚めないこと自体が大ごとなのだけれど。これ以上混乱するのも、心配をかけてしまうのも避けたくて、咄嗟に思いついたことを口にする。

「えっ、あ …… 、私外に出てみたくて、それで…… 」

 エディ兄様は、その大きな目をぱちくりさせて驚いた表情をした。それから、妹の願いを叶えようと考えはじめて、ある結論に辿り着いた。

「え、外? 外に行きたいのか……。うーん、今日は太陽を隠すものはいないって聞いているし、花びらを散らすほどの風もないから、散歩日和だとは思うけど……。でも、エレーヌの外出には許可がいるし……。あ、そうだ──」

「……いいんじゃないかな、外」

 私を外に出してもいいのか、迷っているエディ兄様に、突然現れたアーティ叔母様が声をかけた。朝から皆、元気だ。アーティ叔母様は、昨日は眠れたのだろうか、クマひとつない綺麗な顔で私の考えを読み取って、外へ行くことを推奨した。

「思ったよりも融合できているみたいだから、ね。丘の上や神殿までならいいよ。そこまでなら器の負担にもならないし気分転換に丁度いい。 誰でもすぐに守れる範囲だし、許可は私が出すから大丈夫 」

「本当…?! 」

「いいんですか?! 」

 この返答には、エディ兄様も思ってもみなかったようで、再び目を大きく開けると、次は歓喜の声をあげた。

「少しくらいならいいよ。さあ、準備をしようか。せっかくなら、仲良く兄弟三人で行くといい。レオスはきっと部屋に居ると思うから──。エディはレオスを呼んできてくれるかな? 」

「レオスだけ仲間はずれにするといじけてしまいそうですよね……。はい!  行ってきます 」とエディ兄様がレオスを呼びに行ったので、アーティ叔母様と二人きりになった。



 唐突に思いついたことをあっさり許されて、これまた、拍子抜けしてしまっている私をアーティ叔母様は、部屋の中へ案内して、椅子に座らせた。

「エレーヌ、よく眠れた? そこの椅子に座って、これでも飲んで二人を待っていようか 」

 そして、アーティ叔母様に昨日飲んだものと同じ金の杯を渡される。中身も同じものらしい。あのいい香りが部屋全体に漂って、寝起きの頭をはっきりとさせてくれる。

 みんな、日常的に飲んでいるものなのだろうか、そう思いながら口にする。──同じ味だ。すっきりとしていて癖になってしまいそうな味。

「ごちそうさまでした。美味しかった。これは、みんないつも飲んでいるものなの? 」

「……口に合ってよかった。いいえ、これはエレーヌがよくなるようにって、ある人が作ってくれたエレーヌだけの特別な飲み物よ 」

「へー……」

 ある人って誰のことだろうか、まさか夢の番人さん? 

 アーティ叔母様が、おそらく彼の本名らしき名前を昨日話していた気がするが、定かではなかったのであえて聞かないでおく。

 私は突然現れた、さっきまで飲み物が入っていた取手が二つついた杯をよく観察する。昨日は気がつかなかったが、結構精密にできていて、なにやら柄がたくさん描かれている。これはヘビだろうか、そして果物、杖──。ひとつひとつを指でなぞってみる。





 隣で興味深そうに手の中の杯を観察しているエレーヌを見つめて、アーティはそっとほっと胸を撫でおろした。

 はじめてこの飲み物をあの男から受け取った時は警戒もしたが、調べてみると、成分に問題は見つからない。安全かどうか確認するために、毒味もしてある。材料はある果実とだけ伝えられた。秘密主義の男らしく、作り方は教えられていない。どのようにコレを作るのか尋ねたら、笑ってすまされたのは気に食わないが、背に腹はかえられない。むしろ順調にエレーヌの調子も安定してきている。これで明日の天秤の審判から受ける負荷も減らせるだろう。


 この飲み物が、この子たちの未来に繋がるのだ。


 しばらくすると、エディとレオス、二人の少年たちがこちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。

「ほら、エディとレオスがきたよ。海の近くや高いところにいくと、風も冷たいかもしれない。マントを着ていくといい 」

 顔をあげたエレーヌの肩に、彼女の眼と同じ色をした羽織をそっとかける。それと同時に、手の中の杯もそっと受け取った。

 レオスは外に出るのは消極的ではあるが、エレーヌが一緒に行くのなら、着いていくだろう。レオスは── ≪神の子≫ はふつうの子どもよりも大人びているせいなのか──特にあまり同世代の子どもとは関わりたがろうとはしない。いつも、エレーヌと共にいた。まるで、自分の半身のように。

 エレーヌが目を覚さなくなってから、彼はひとりの殻に閉じ籠る傾向が強くなってしまい、アーティは心配していた。そんなレオスが、外へ出たいという、エレーヌの小さな願いを叶えようとしている。そんな姿を見て、本当の母親のように我が子たちの成長を喜んだ。


 ( エレーヌが『外に出たい』か……。いい傾向だけど、大丈夫かな? でも、大切なものほど閉まっておくには勿体ないからね…… )


「エレーヌが外に行きたいってエディ兄様から聞いたけど大丈夫なの? エレーヌは本当に外に出てもいいの?」

 レオスは未だに信じられないとでも言った風に、再度アーティに確認してきた。

「うん、アーティ叔母様がいいって言ってくれた 」

「じゃあ、心配だから僕もついていく 」

 アーティの予想通り、レオスも外へ出るらしい。陽の光に照らされて輝く三人の姿を想像して、自然と笑みが溢れる。

「久しぶりに三人で外に行けるね。エレーヌ、もし途中で苦しくなってしまったら言ってね。私が運ぶから心配しないで、大丈夫だよ 」

 そう言って、昨日から随分と逞しくなったエディがにっこりとエレーヌに笑顔を見せた。


「いっておいで、太陽が私たちが住んでいる所と反対側の海に沈み込む前に戻ってくるんだよ 」

 子どもたちに悟られないよう──姿を見せない護衛の者へと合図を出したアーティは、久しぶりに外へ行けると浮き足立つ三人を見送った。


 彼女は、どこへ行こうかと話しながら、手を繋いで歩く、仲が良い兄弟を、その姿が見えなくなるまで見つめていた。

















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