07.非現実的存在。カレーライスのレゾンデートル。
「生徒会副会長にして学校一の美女が食堂で昼メシとは珍しい。こりゃいいときに来たもんだぜ」
涼は水族館でジュゴンでも見るように氷室先輩をまじまじと眺めて言った。
「知ってるか? あの人、どこかの財閥のお嬢様らしいぜ」
そしてそう続ける。
「どこかってどこだよ」
「さぁ? あくまでウワサだよ、ウワサ」
涼は無責任に答える。
「まぁ、社長令嬢だの、有名女優の隠し子だなんてウワサまであるらしいけどな。あれだけ美人だと色んなウワサがたつんだろ」
「まぁ、確かに美人と言えば美人だな」
僕はそれだけ言うと、室内に視線を戻す。
そして、自分のテーブルに置かれたカレーライスを食べ始める。
今の僕の優先度合いでいえば、氷室先輩よりもカレーライスの方が上だった。
先輩は学校のアイドル的存在であり、いわゆる高嶺の花というやつだ。
これから先、僕のようないち生徒が先輩と関わることなんてないだろう。
そういう意味ではテレビやネットの中の有名人と同じような存在だった。
そんな架空の存在のような相手よりも、すぐ手の届く距離にあり空腹を満たしてくれるカレーライスの方が優先度が高いのは当然のことだろう。
僕は現実的なのだ。
「なーにが美人と言えばだよ。スカしやがって。街中で先輩の写真を見せてアンケートしてみろ、十人中、二十人は美人って答えるぜ?」
涼は相変わらず先輩に視線を向けたまま言った。
「どうして人が増えてるんだよ」
「決まってるだろ、その美貌に人が集まってくるんだよ」
「はいはい、そうですか。ほら、さっさと食べないと昼休み終わるぞ」
僕はカレーライスを口に運びながら言った。
その言葉に涼は名残惜しそうに視線を室内に戻すと、ようやく親子丼を食べ始めた。
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「で、僕になにか話があるんじゃないのか?」
僕はカレーライスを半分ほど食べたところでコップの水をひと口飲んで言った。
「あぁ、そうそう。氷室先輩のせいですっかり忘れてたぜ。実は陽成に聞きたいことがあってさ」
涼は親子丼セットの味噌汁を飲みながらふと思い出したように言った。
まったく。氷室先輩のせいというより自分のせいだろう。
「聞きたいこと? 僕のストライクゾーンなら美少女から美人までだ。知り合いがいたらぜひ紹介してくれ」
僕はそう言ってキャッチャーミットを構える真似をする。
「オマエのタイプなんて聞いてねぇよ。っていうかストライクゾーン狭すぎだろ。ボール一個分しかねぇぞ」
「針の穴を通すコントロールで紹介してくれ」
「紹介してやってもいいけど、高いぜ?」
「冗談だから気にするな。で、なにが聞きたいんだ?」
もともと涼に女の子を紹介してもらうつもりなど毛頭ない。
コイツに借りを作ったら後から何を言われる分かったものじゃない。
僕は過去の経験から十分身に染みていた。