04.可愛さと正義の相関関係。世紀末覇者。
「はいはい、分かった分かった」
僕はお説教くさい藍の言葉に適当に返事をする。
「心身ともに成長ねぇ」
そしてそう言うと、藍の胸元へと視線を向けた。
そこにあるのは、目を凝らしてようやく確認できるほどの小さな二つのふくらみだった。
「偉そうに言うわりにオマエこそ胸の方は全然成長が見られない――」
僕の気の利いた一言が言い終わらないうちに、脇腹に高速で鉄球でもぶつけられたような鋭く重たい衝撃が走る。
――気付いた時にはもう遅い。
僕の脇腹には藍の体重を乗せた肘打ちがクリーンヒットしていた。
「グハァ……」
僕は自分の意思とは無関係にうめき声を漏らす。
そして、よろめき地面に膝をついた。
「言葉に気を付けなさい、陽成。今の発言はいくら温厚でカワイイ私でも、八極拳六大開拳がひとつ、外門頂肘するレベルよ」
藍は謎の構えをとり僕を見下ろして言った。
「な、殴ってから言うんじゃねーよ……」
僕は苦しみながらもなんとかそれだけ言い返す。
「いい眠気覚ましになったでしょ」
藍は悪びれる様子もなくそう言った。
悪魔かコイツは。
「眠気覚ましどころか、一生眠ることになったらどうしてくれるんだ……。というか、なにさりげなく自分でカワイイとか言ってるんだよ……」
「うるさいわね。古人曰く『カワイイは正義』よ」
藍はまるで名言っぽくそう言って見せるが、そんな格言は存在しない。
「まったく意味が分からないけど、カワイイが正義ならたぶんオマエは悪だよ……」
「あ?」
「い、いや、なんでもないです……」
藍の殺気のこもった視線に僕は慌てて否定する。
クソ、暴力に屈するとはここは世紀末か。
「なら、いいわ」
世紀末覇者はそう言うと、満足気に構えを解いた。
「それじゃあ、私は先に教室に行くから遅刻しないようにね」
そしてそう言うと、地面に膝をついたままの僕をほったらかして校舎へと駆けて行ってしまった。
「お、おい!」
呼び止める間もなく藍の姿は校舎へと消えていく。
まったく、とんでもない元気の押し売りだ。
こっちはこれっぽっちも買いたくないって言うのに。
僕は痛みをこらえてゆっくりと立ち上がる。
朝っぱらから一人で地面に膝をついている姿なんて、理由を知らない人が見ればただの頭のおかしいヤツにしか見えないだろう。
「はぁー……」
僕はゆっくりと、そして深いため息をひとつついた。
まだ教室にも辿り着いていないのに、今日一日の体力を全て使い切った気分だった。
これだから朝から藍の相手をするのは嫌なのだ。
「八極拳って空手じゃなくて中国拳法じゃないのかよ……」
僕は独り言をつぶやくと、再び校舎に向かってトボトボと歩き出した。