38.食後。パブロフの犬。
遅めの晩ご飯を完食した僕と藍はテーブルを挟んで食後の紅茶を飲んでいた。
僕は基本コーヒー派だが、たまには紅茶を飲みたくなる時もある。
高いモノではないが、一応、紅茶も家には常備していた。
僕は満腹感と満足感に浸りながらゆっくりと紅茶を味わう。
「そういや、コンキスタって知ってるか?」
僕はふと気になって藍にたずねた。
「ゲームでしょ? 十億円貰えるっていう」
「ああ。藍はやってないのか?」
これだけ話題になっているゲームだ。
知っているのはもちろんだろうが、藍はプレイしていないのか気になった。
「んー……。友達に誘われて登録はしたけど、ほとんどやってないわね。どうせ十億なんて貰えないでしょうし」
「ふぅん」
「なに? アンタはやってるの?」
今度は逆に藍が尋ねる。
「一応な。といっても今日からだけど」
「へぇーそうなんだ」
藍はなぜかニヤついた顔でそう言った。
「なんだよ、なにかおかしいか?」
「別に。ただ、アンタもようやく何か始めたんだと思って」
「ただのゲームだろ、何か始めたとかそんな大層なモンじゃないって」
「まぁね。それでもアンタ今まで話題のゲームでさえ興味なかったじゃない。それが賞金目当てとはいえ新しく始めたんだから大した進歩じゃない」
藍は飼っている犬がしつけを覚えたときのように満足そうな顔をする。
まったく、僕を一体なんだと思っているのか。
「別に賞金目当てで始めたワケじゃないけどな」
「そうなの? じゃあなんで始めたの?」
「まぁ、オトナの事情ってやつかな」
「ガキのくせになに言ってんのよ」
藍は頬杖をつき呆れたように言った。
「なぁ、ワッケーロって知ってるか?」
「ワッケーロ? なにそれ新しいお菓子?」
藍はそう言って首をかしげる。
「いや、知らないならいい」
僕は言った。
さすがに登録しただけの藍は知らないようだ。
それなら、わざわざ教える必要もないだろう。
それに藍のことだ、教えたら教えたで自分で捕まえるとか言い出しかねない。
「それより、そろそろ帰らなくていいのか?」
時計を見ると、時間はちょうど十時になったところだった。
「そうね。明日も早いしそろそろ帰らないと」
藍も時計を見てそう言った。
明日は金曜日で学校だ。
僕と同じスケジュールなら決して早起きする必要はないはずだが、どうせ朝から稽古かなにかするつもりなのだろう。
「それじゃあありがと、また明日ね」
藍はイスから立ち上がり、バッグを手に取る。
「おう。それじゃあ気をつけてな」
僕はそう言うと一緒に玄関まで行き藍を見送った。




