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36.オーガ。アポクリン線。

「すんすん……」


 香ばしい匂いに交じって漂う謎の香りの正体を確かめるために、僕はもう一度匂いを嗅ぐ

 その匂いはバッグの中からではなく、目の前から漂っているようだった。



「藍……」


 僕は目の前に立つ人物を見てつぶやく。

 よく目を凝らすと、藍のTシャツはワキの部分が濃く滲んでいた。


「なによ?」


 藍は不思議そうに僕を見返す。

 どうやら本人は自覚がないらしい。


「メシはありがたいけど、オマエ……、匂うぞ」


 僕は言った。


「匂う……? なにがよ?」


 藍はまだ理由が分からないようだ。

 不思議そうに辺りを見回しながら匂いを確かめる。


 そして、僕の視線でようやく気付いたのか、急に顔を赤くする。


「ア、アンタねぇ! デリカシーってもんはないの!?」


 藍はそう言って僕を睨みつける。


「デリカシーって言われても事実なんだからしょうがないだろ」

「こ、これは違うのよ! 普段はこんなに汗をかかないんだけど、今日はジムでシャワーを浴びるヒマがなかったから!」


 藍は必至に両手でワキを抑えなにかを否定しているが、なにが違うのか僕には分からない。


「大丈夫だ、匂うって言ってもちょっと匂う程度だ。ワキ――」


 アポクリン腺からの汗が原因による症状名を口にしようとした瞬間。

 僕の左ふくらはぎにカーフキックがさく裂する。


「あひぃ!」


 経験したことのないような痛みに、僕は経験したことのないような声をだす。


「うっさいわね。それ以上言うと、殺すわよ」


 僕の前に(オーガ)がいた。

 鬼は次の攻撃の準備をしたまま僕を睨みつける。


「わかった! わかったからヤメロ!」

「……ふん」


 まともに立っていられず右足でバランスを取りながら僕はなんとか藍をなだめる。


 いったい僕が何をしたというのか。

 前世でどんな生き方をしたらこんな目に会うのか誰かに教えてもらいたいものだ。


「別に全然気にならないから! な! とりあえずメシを食いにいこう!」

「私が気になるのよ! 誰のせいだと思ってるの!」


 藍が叫ぶ。

 しかし、誰のせいと言われても、汗をかいたのは僕のせいではないはずだ。



 すると、愛はふと何かを思いついたように手で拳を叩く。


「そうだ。アンタの家、ここから近かったでしょ? シャワー貸してよ!」

「え? いや、まぁ遠いと言ったらウソだけど……」

「それって、近いってことじゃない」

「まぁそうだな……」


 僕は返事に困って言った。


 僕はあまり他人をプライベートな空間に入れたくないタイプなのだ。

 今まで僕の住むマンションに他人を招き入れたことはなかった。


「なによ、なにか文句あるわけ? 乙女を辱めておいて、アンタは拒否しようとするわけ?」

「い、いや、そうじゃないけど……。き、着替えがないだろ?」

「大丈夫よ。ジムで着替える予定だった服とタオルがあるから」

「あ、そうなのね」


 これ以上は言い訳が見つからない。

 おいしいご飯にありつくためには僕の家に行くしかないようだった。



「わかったよ……。僕の家でいいんだな」


 僕は諦めて言った。


「ええ。それじゃあ行きましょ」


 藍はそう言うと、再びバッグを背負い自転車を押して歩く用意を始める。

 僕はその様子を見ながら左足を引きずって歩きだした。

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