20.不法侵入。キミの名は。
「動くな。こんなところでなにをしている」
突然、背後から声がする。
当然だがその口調はフレンドリーなものではなく威圧的な口調だ。
こんな言い方をするのはおそらく警察官か、工事現場の警備員だろう。
僕が工事現場に侵入したのを見つけて注意しにやってきたに違いない。
僕は素直にその言葉に従い動きを止める。
穏便に済ませるためにもおとなしく従うのがいいだろうという判断だった。
「こんなところでなにをしている」
背後の人物はもう一度そう言った。
「えーっと……、ちょっと散歩中でして」
「フェンスを乗り越えて散歩とはずいぶん楽しそうな散歩だな」
「いやぁ、ちょっとカギを落として探してたんです」
僕は適当にごまかそうと嘘をついた。
確かに工事現場に侵入はしたが別にこれから悪さをするつもりはない。
後ろめたいことはなにもないのだが、イチイチ理由を説明するのが面倒臭かった。
それに、コンキスタをプレイしてました。
なんて本当のことを言ったところで、どのみち注意されることには違いない。
それなら適当な分かりやすい理由をつけて、さっさとこの場を離れる方が賢い選択だろう。
「こんなところに落ちるとはキミの鍵はずいぶん元気がいいようだな」
「もう拾ったんですぐに出ますよ」
あからさまに疑われているようだが、すぐに立ち去れば文句はないだろう。
『危ないから早く出て帰りなさい』
僕はそんな言葉が返ってくるだろうと予想していた。
しかし、実際に返って来た言葉は僕の予想とはまったく違うものだった。
「キミはコンキスタドールだな?」
「……え?」
僕は意味の分からない言葉に戸惑い、そう返すのが精いっぱいだった。
「心配するな、こちらから危害を加えるつもりはない。もっともキミがワッケーロでなければの話だが」
背後の人物は続けてそう言った。
しかし、僕には聞いたことのない国の言葉のようになにを言っているのか理解出来なかった。
このとき、僕はようやく背後の人物の声が女性であることに気がついた。
しかも、そのトーンからして、それほど歳はとっていない若い女性の声だ。
もちろん警備員でも警察官でも女性はいるだろう。
しかし、それにしては若すぎるような気がした。
僕のなかにひとつの疑問が浮かび上がる。
もし、背後の人物が警備員なら、ここからさっさと追い払おうとするだろう。
警察官なら今ごろ身分照会くらいしているはずだ。
しかし、背後の人物はそのどちらでもなかった。
……つまり、警備員でも警察官でもない可能性が高いというわけだ。
「さっきからなにを言ってるのかよく分かりませんけど、背後からいきなり動くななんて言われた後に危害を加えるつもりはないなんて言われても、信用できませんね」
僕は相手が警備員や警察官ではないとふんでそう言った。




