01.2027。なにも始まらない春。
時に、西暦2027年――
なんて感じで始まればなんだか新世紀アニメみたいじゃないか?
だけど、残念ながら僕の住む世界では人類の半数が死滅するような大災害は起っちゃいない。
小さな事件や事故はあっても、いたって平凡で平和な日々である。
春。
まさに春と呼ぶにふさわしい暖かい朝。
太陽の光が惜しみなく学術セクターにも降り注いでいた。
僕は穏やかな春の陽気のなか、緩やかな坂道を登っていた。
もちろん朝っぱらから意味もなく無駄に徘徊しているワケではない。
学校へと向かうために通学路を歩いているのだ。
登美ヶ丘市の丘陵地帯に位置する学術セクター。
主に教育や学問に関わる施設が集まる区域である。
そこにある教育施設のひとつに市立登美ヶ丘高校があった。
街の開発と同時に建設された学校で、今年で創立六年目という非常に新しい学校である。
小学校と中学校もすぐ近くに建てられているため、学校へと向かう通学路は学生ばかりだった。
レンガで舗装された通学路は大人が四、五人横並びで歩けるほど広い。
そして、沿道には街路樹として桜の木が植えられている。
僕は誰にも遠慮することなく大きなあくびをひとつすると、桜の木を見上げて目を細めた。
桜の木はちょうど満開を迎えたばかりで、ときおり春風に吹かれて花びらがひらひらと舞い散っていく。
「いい天気だねぇ……」
僕は穏やかな風景に思わずつぶやく。
春の気配に包まれた街並みは、なにか新しいことが始まるような予感をさせる。
そんな街の雰囲気につられるように通学路を歩く学生もどことなく活気に溢れているように見えるから不思議だ。
とはいえ、実際のところ新学期を迎えたからといって、急になにかが変わったり、新しいことが起こったりするなんてことはそうそうないわけだ。
突然、空から女の子が降って来るワケでもない。
いきなり疎遠だった父親に汎用人型決戦兵器に乗れと命じられることもない。
家族が吸血鬼に襲われ妹が吸血鬼と化すことももちろんない。
都合よくいきなりなにかが始まるなんてことがあるはずもない。
僕は平平凡凡としたどこにでもいる高校二年生として、ごくごく普通の高校生活を送っていた。
「ふぁーあ……」
僕は雲一つない青空に向かって再び大きなあくびをする。
目の前には登美ヶ丘高校の制服に身を包んだ二人組の女子生徒が歩いていた。
どこか着なれない真新しい制服姿はきっと新一年生だろう。
「ねぇねぇ、昨日もまた事件があったんだって、知ってる?」
「ホントに? 最近多くない?」
ふと、前を歩く女の子たちの会話が耳に入ってくる。
決して僕が聞き耳を立てているわけではなく、そんな趣味もない。
すぐ前を歩いているのだから嫌でも聞こえてくるのだ。
「なんか、芸術セクターのイベントホールあたりで襲われたんだって」
「そうなんだぁ、なんか怖いよねぇー。防犯ブザーとか買っといた方がいいのかなぁ?」
「ワタシはカレシに守ってもらうから大丈夫かなぁ」
「あーでたでた! アンタ、最近カレシ出来たからってすぐノロケるんだから!」
「もぉー、カレシいないからって怒らないでよー」
二人組の女子生徒は、周りの目など気にならないかのようにはしゃいで歩く。
そして、そのままどんどん先へと歩いていき、やがて二人の会話は僕に届かなくなった。
きっと、同じような話を学校に着くまで続けるのだろう。
「平和だねぇ……」
僕は小さくなった女子生徒の後ろ姿にそうつぶやいていた。
その言葉は誰に聞こえるでもなく春の空へと吸い込まれていく。
うむ、まったくもって平和だ。
少しばかり退屈なくらいに。