第2章4話 膨れ上がる疑問
晴樹が自分の部屋に帰っていったあと、自分に与えられた部屋を改めて見直す。カーテンや家具などは単調なデザインだったが、それは仕方のないと言うか、自分好みのデザインだと逆に怖いかと思い、リビングみたいな所の真ん中に置かれている食卓に目を落とす。始めて部屋に入ったときには気付かなかったが何やら弁当が置かれている。
「なんだ?これ、寮に始めてくる人用に置いてあるのか?」
少し困りながら、食べるか食べないかは弁当の中身を見てから決めようと蓋を開けてみる。どうやら2段構造になっているらしく、1段目には小さなメモ用紙のようなものが入っていた。
メモ用紙には『君もきっと契約書とか読まなくて仕事に参加させられそうになってるんでしょ?でもほとんどの人はそうだから安心して、今日は私からのプレゼントってことでこのお弁当を食べてね。』ととても綺麗な文字で書かれていて、その下には近代アート的なマークが書いてある。
メモ用紙が言うことを信じるならこの弁当は自分が食べても良いものらしい。いったい誰が用意してここに置いたのだろうというか疑問があったが、2段階目の蓋もとってみることにした。
そこには手作り弁当感が漂っているがとてもバランス良く玉子焼きなどのおかずが入っていて、とても美味しそうという印象を受けた。
実際に食べてみると味付けも上手くて、とても美味しかった。弁当を食べ終わると、入っていた容器を持ち主に返すために洗い、弁当が入っていた紙袋に入れた。
それが終わった後は風呂とかトイレとかの場所をちゃんと確認して、風呂に入った後、ベットに寝転んだ。
ベットの上で、新しい住居になる天井をボーッと見ながら黒裂と赤い目の殺人鬼のことなどたくさんのことを考えてしまった。
黒裂はどこに消えてしまったのだろう?学校の出席簿を確認したところあいつが言ったとおり、黒裂は5月から一度も出席していなかった。元の世界ではクソがつくほど真面目だったのに。
確かオースティンは人格が変わることがあっても本質は変わらないとかなんとか言っていたが、性格が変わってそんなに変化があるのだろうか?何でも屋の書類には分かっていることをすべて書いてくださいとか書いてあったが、自分が分かっていることなんてたかが知れている。そんな少ない情報でホントに見つけることが出来るのだろうか?
赤い目の殺人鬼だってそうだ、なんならそれに至っては赤い目と黒い髪と、殺人をしそうとしか書いておらず黒裂よりも少ない情報しか書けなかった。あの殺人鬼はいったい何故あの店を襲ったのか、確か目標がどうたら言っていた気がするが、その目標とは何なのか、この世界でもあいつは殺人を行うのか。そんな多くの疑問が脳を埋め尽くしていくが、結局どれも答えは出ないような気がしたので、他のことを考えることにした。
そういえば、この世界の親というのはどうなっているんだろう?と思いケータイで電話番号の検索を行ってみる。親の電話番号はちゃんとあったし、なんなら前の世界に交換していた電話番号はあらかた登録してあった。しかし、黒裂の電話番号はやはり無かった。
この世界の親はやっぱり自分の知っている親とは違うのか、もし違ったらとても悲しいが、自分が選んだ選択肢によってそうなってしまったなら仕方ない気もする、というか改変を望んだのに親は変わっていないことを望むなんて強欲すぎると自分に言い聞かせる。
それよりも元の世界での自分の扱いはどうなってしまったのか、という疑問が脳裏をよぎる世界から死ぬか、消えてしまったかのように存在の改変をさせられるとか言っていたが、どちらの扱いになってもきっと両親は悲しんでいるだろう。しかしもう『やり直し』を望んだ以上、両親に会って説明する、なんて幻想すら許されない。
両親のことを考えていると今度は自分自身のことに疑問を持つようになった。自分がこの時代に移動してきた、ということはこれ以前の時は自分以外の愛川 望がいたのではないか?自分が移動することによってその前の愛川 望はどこに行ってしまったのだろう?と言う疑問がふつふつとわいて出てきた。
マンガかアニメで乗っ取り系転生ものなるものをみたことがある。その最終話は乗っ取った人格が乗っ取られた人格に精神で負けて押し潰されてしまう。という胸糞悪いのかザマァなのかどちらともとれるエンドだったのだが、自分もそうなってしまうのではないか?という恐ろしい妄想をしてしまった。
そうならないために精神修行を今のうちにしておいた方が良いのだろうか?しかしそうなれば転生先は自分自身という判定だから自分が自分に押し潰されてしまうのか訳が分からない状況になってしまう。
自分がこの世界にいつ来たのかを確認するために今まであったことを思い出して見ようと思い、今までのことを思い出してみる。元の世界のことはかなりはっきり思い出せるが、この世界のことはあまり良く思い出せない、というか全体的にもやがかかっているような感覚で、きちんと思い出せない。
やはり、この世界の愛川 望と自分は違う存在なのかと思い、もし、いつかこの世界の愛川 望が自分を飲み込みに来ても良いように精神修行をしようと、自分自身に誓いを立てた。
いろいろなことを考えていると時間は0時をとっくに過ぎていた何でも屋で働くことになってしまった(まだ納得いってない)以上、明日はきっと早く起きないといけないと考え、今日はもう寝ることにした。
何でも屋のベットは学校の寮のベットなんかよりもふかふかで寝ようと思ってからすぐに寝てしまった。
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どんどん―――どんどん、という大きな規則的なリズムで目を覚ました。夢うつつで部屋に元から掛けてある時計を見ると9時9分だった。ベットから体を起こし、どんどんという音源の方――――つまり玄関に近づき、ドアを開ける。そこには不機嫌そうな顔をした気弱そうな少年…晴樹が立っていた。
「どんだけ寝てるんですか、今日は仕事の説明とかしないから良いですが依頼があった日とかにそんな起き方されたら許されませんよ」
晴樹はやはり不機嫌そうな顔で言った。
「ごめんな?でも、そんな時には隣人のお前が起こしてくれるんだろ。ありがとよ」
不機嫌そうな顔の少年はため息をついた。
「そんなニコニコ笑顔でダメ人間宣言しないでください」
「すまねえ、起こしてくれてありがとよ」
「自分はあなたの説明役としての仕事に勤めているだけです!!」
「あー、でも俺のこと好きなんだろ?男のツンデレも良いかもしれんなぁ」
「―――――――っ。あなたのことが好きとか、そんなことありません!!」
そんな軽い会話で愛川 望の何でも屋の一員としての人生が幕を開けた。